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2007年12月 7日 (金)

植物エネルギー 第131話 ~漢方 「気」とは・・植物のこと ~

 さて、「気」のお話を続けます。先ず私がブログを書き始めたのは2006年8月5日です。書く始めた理由は、「自分のその日、その時に思った事を記録しておきたい」。幼いころからずーっと持ち続けた疑問、歳を重ねていくうちにわき上がってきた疑問、謎・・・色々ありました。小学生のころでしょうか?「人は何のために生きる?」が最初の自分に対する問いかけでした。「同じ人間同士なのになぜいがみ合う?何故競争する?戦争が起きる?」。中学校に入ってからは「何故勉強する?何故試験がある?」。経済、哲学、歴史などの本も読み漁ったし、親、学校の先生にもたくさん質問し続けましたが・・・誰も私が納得する答えを言ってくれた人はいませんでした。やむなく北海道医療大学薬学部に来ることを自分で決めてから(本当は国立公園の管理人、山の人のような、いつも地球の大自然といっしょにいる仕事をしたかったんですよ)は「薬って何?」。北大薬学部で新薬開発のための基礎研究(有機化学)を修行することになって・・・最初は地球上のあらゆる生命体を構成する最小単位の分子構造、化学構造、その基礎をなる有機化学を愛して、極めれば「人間って何?」という幼いころの素朴な疑問の答えが出ると思って、今思えば、命がけで修行しました。とにもかくにも私の人生は「何?」がどんどん増え続けていたわけです。でも・・・「一生懸命考え、生きればいつか必ず分かる時が来る」と信じてました。ということを、身分を明かした上で、自分のために書き残す。そして、今は4年前から始めた、私の魂を込もった、いや植物たちの魂の写った作品に、私がシャッターを押す瞬間、押した後の気持ち、その後に考え、思い浮かんだことなどを文字、言葉にする。そうすれば「自分の中に何かが生まれ、きっと自分のことを大好きになれる」そう直感的に思ったからでした。

 そして今・・・これまで、無限大にあった素朴な疑問の答えを毎日見つけている自分がいます。そして、「答えは1つではない!」。そう思えるようになりました。その答えを自分で導き出すことの出来る方法は唯一つ「自分の思い、発した言葉を信じて一生懸命生きる!」。これだけです。なんて事が書けるようになったのもブログのおかげ(笑)。その瞬間の思いを言葉に表す。声に出す(誰に対してもということではないですよ)。「なんて素敵なことでしょう!」と今は心の底から思えます。「気のめぐり」が相当良くなります。ブログも私にとっては「心のくすり」です。今日も本題に入る前に長くなってしまいそうです。スミマセン。私が私自身に言いたいこと、伝えたいことがたくさんあるようです。

 自分のためのブログ書いてみませんか?言葉が増えますよ(笑)思いを正確に伝えることができる伝えた方も伝えられた方も笑顔気のめぐりアップ心が元気!この構図はシンプルだと思います。

 さて本題です。大地に流れる素敵なエネルギー(波動)地球に存在する植物全てが今日のテーマですよ。

 では先ず素朴な疑問から・・・「植物っていったいなんですか?」。皆さん考えたことってありますか?

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 私はこう考えています。野菜、果物、穀類、これらも絶対植物ですよね。人類にとって、無くてはならない絶対的な植物です。樹木、山野草・・これも人間以外の有機生命体(動物、昆虫、キノコなどの菌類、カビ・・)にとって絶対必要なモノです。海草も然り。漢方薬もほとんどが植物の根、茎、花、実、種、葉、全てを使います。まっ、使い方は熟練しないと無理なものも多いですが・・・。ゆえに、地球と人間は植物を通して繋がっているということです。したがって、地球上のあらゆる植物が人間を生かすための根源的エネルギーといっても良いはずです。漢方で言う「気」そのものということになります。

 地球に存在する全ての植物は人類にとっての生命エネルギーの源であり、地球自身の生命エネルギーであると言っても過言ではないでしょう。とすると・・・地球上から素敵な植物たちが減る 地球は病んでいく 病んだ地球には病んだ人間、動物が増え続ける。という考え方であまり矛盾はないように思えます。いかがでしょう?あまりにもマクロな見方かもしれませんが、人間の贅沢、お金、物質的な飽くなき「欲求」こそが地球に対する毒のようにも思えます。楽という漢字は薬の草冠がなくなった文字ですが、人類が飽くなき楽を求めると・・・地球上から草が無くなる。そう考えることはできないでしょうか?

 国、言葉、宗教の違いを超えて、人類全ての人が愛することのできる可能性のあるもの。それが「植物」だと思います。ならば、身近な植物に目を向ける人が増える 植物に対する愛が芽生える 植物を大切にするところから自分の生活レベルを決めることができる人が増える お金では買うことのできない感動という名の心のくすりを持った心のお金持ちが増える 地球上にステキな植物が増える 地球が元気になる 前向きな人が増える。こんふうになったらいいな。そう思っています。ひょっとしたら人間の過ぎたる物欲、これを減らすことが地球環境を良くする一番の薬かもしれませんね。

 「そんなことは理想論だ!あり得ない!」と大きな声でそうおっしゃる人もいると思います。「お前にだって欲はあるだろう!」ともおっしゃる人も・・・・。その通りです。こんなことを書く私にだって色々な雑念、過ぎたる欲はありますし、長年物質文明にどっぷり浸っていたことも認めます。が、気づいてしまった以上、できる、できないは私にとって全く関係ないこと。今までの何かを大きく変え、何か地球にとって、いや身近な北海道の大地にとって役に立つ何かを見つけ、それをやり続けるしかないでしょう。とも思っています。

 人間を全ての生物の頂点においた、教科書的な「食物連鎖」という言葉。今こそこれを大きく変えて、地球を一番上に、二番目に植物を置いたらどうでしょう?そういう教育も必要な気がします。人間が地球上の一番上にある。この概念こそ、今の時代にマッチしてないように思えます。「食物連鎖」。「そんな簡単な言葉に置き換えるな!」というのが私の言い分です(笑)。食わなければ人間は生きることはできない、しかし・・・食うためだけに、楽するために生きていては地球はどんどん病気になる。これもまた事実でしょう。要するに、人間も地球上の一部に過ぎないということです。「人間のために植物たちが地球上に存在しているのではない」ということです。そう考えると次に、「地球上に何故人間が存在するのか?」という疑問がわきあがってきます。私にもまだ「これだ」という答えは見つかっていません。しかし、「少なくとも地球に存在する植物たちが地球のために何か役割を持っているならば、それを利用している人間は植物たち以上に地球に対して何か素敵な役割を持って生を受けているはずだ」とは思っています。

 世の中、科学を神のよう信仰する人が増えているようですが(肩書き上位でマスコミに露出度の高い、ほんの一部の人だろうとは思っています)、科学で証拠を出す必要の全く無い絶対的な真実、真理があります。「もし地球上から植物jたちがいなくなったら・・・地球上のあらゆる有機生命体は絶滅する!」です。これに勝る絶対的なモノを今の私には見つけることができません。科学の歴史を紐解くと、もちろんすばらしいこともたくさんありました。それは一生懸命生きている人たちが、ある日突然何の前触れも無く、自然の驚異(病気、自然災害・・・)に倒れていた悲しい時代に、その原因、理(ことわり)を解明し、人間が前向きに生きるために役立っていたことです。その原因、理(ことわり)を解明した最初の人はすばらしかったのでしょう。人類の脅威に対して立ち向かっていったのでしょうから・・・その人たちの根源的な一番のエネルギーは、人類に対する「愛」であったはずです。少なくとも私はそう信じたい。しかし今は・・・・科学は素敵なモノさえもその原因を探ろうとし始めてします。まっ、それはそれでよいのかもしれませんが、素敵なモノはたくさん合わさると単なる足し算では無いうことも証明してもらいたい。脅威の原因は1つかもしれないが、素敵なモノは何をやっても素敵なんです。素敵なモノの原因を1つに限定することの大前提が間違っているように思えます。人類が長きに使ってきた素敵なモノに対して現代の科学レベルで証拠(エビデンス)が見つからないから、信じない。これは私からすると科学者の「おごり」ではないかと思ってしまいます。「そうではないでしょ」と声をかけたくなってしまいます。例えば、オオカメノキという植物は、私にとって無くてはならない「心のくすり」です。これをどう科学的に解明して証拠を出すのでしょうかね?全ての人を一般化しないでもらいたい。科学で説明できるモノは本当にわずかです。説明できないから信じない。これは少し変だと思いませんか?かつて命がけで化学を修行した者の切なる願いでもあります。

 私の研究は前向き無農薬栽培農家のダイコンの葉についてですが・・・ダイコンは文献上知られているだけでも5000年以上も人類が食べてきた植物です。それが・・・エビデンスですし、それ以上のエビデンスは必要ありません。絶対に素敵に決まっているのですよ。分析もしました。科学的におもしろい物質も見つけました。そのメカニズムも有機化学を使うと簡単に説明もできるし、まだ誰も気がついていないことだというこも分かりました。が、「新しい知見を見つけた!」と大きな声で学会などに報告すべきことではないと思っています。いや、あっても良いが、グリコのおまけくらいなモノです。必要にせまられたら・・・やむなく。ということになります。科学は必要。でも使い方を考える時代がすぐそこまで来ているように思えるのは私だけかしら?と思っているからです。

 またまた長くなってしまいました。言葉がどんどん湧き上がってしまいます。

 で、次は、2007年7月14日に北海道の旭岳のトップを姿見の池から撮影した作品に言葉をのせてみました。ステキな植物いっぱいステキな「気」がいっぱいステキな「大地の流れる生命エネルギー」がたくさんある。こうなります。高い山の植物たちの勉強しに行くようになって、60歳台以上のお金にゆとりのある人たちの中に、登山を好んでする人が多いことにびっくりさせられます。ひょっとしたら、そのような山を求める人は、日本の高度成長期にお金とモノ、地位に競争させらていた世代ですから、一番大切なお金で買えないモノ。感動と心の元気を取り戻そうとしているのかもしれませんね。

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 心が元気になる方法の一つをお伝えしましょう。

 身近な植物たちの名前を覚えて、芽出しから枯れるまでを見てください。植物の名前を覚える。これは簡単そうで一番難しいことかもしれません。先にも述べましたが植物は地球と有機生命体を繋ぐ地上で最もステキな生き物です。だ・か・ら・・・そう簡単には名前を教えてくれないんです。一回くらい見ただけの人、花しか見ない人には名前を覚えさせてはくれないんですよ(笑)。一回、二回くらい見ただけであきらめてしまわないで下さい。できれば森を歩く時はしゃがんで、話しかけてあげてください。そして覚えようとせず、ステキな植物を感じたら、写真にできればフィルムで撮ってあげてください。それを続けて3年。きっと植物たちは喜んであなたにステキな「気」を分けてくれるはずです。間違いないです。

 「植物の名前を覚えられない私は頭が悪い」と思わせる地球で一番ステキな生き物。それが植物です。

  またまた長くなってしまいました。言葉がどんどん湧き上がってしまいます。

で、

私の以前のブログ(goo)をご覧になりたい方はこちらにアクセスして下さい。

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