« 植物エネルギー 第219話 ~富良野岳の植物エネルギー~ | トップページ | 植物エネルギー 第221話 ~旭岳の植物エネルギー(1)~ »

2008年8月 7日 (木)

植物エネルギー 第220話 ~漢方薬用植物講座 「漢方に学ぶ病気予防 ~「食べる」=「水穀の気」=「口からの感動」~

 昨年から、高山の植物の勉強を開始しました。今年は、神居尻山(2回)、富良野岳、大雪赤岳、大雪旭岳(2回)、雨竜湿原・・・だんだんと植生についても理解できるようになってきました。一昨日は朝6時の旭岳温泉始発のロープウェイに乗るために、朝1時半に札幌を出発。姿見の池駅6時15分に出発→旭岳→間宮岳→中岳分岐→中岳温泉→旭岳裾合平→姿見の池を縦走してきました。姿見の池に戻ってきたのが午後3時半。紫外線にやられ、肌はヒリヒリでとても疲れましたが、植物たちの植生がかなり理解できました。いずれブログ上で報告しますね。

 さて今日は、漢方薬用植物講座をお届けします。

1. はじめに
 前回は、漢方の基礎となる陰陽五行論について簡単にお話しましたが・・・、やはり抽象的な表現ばかりになってしまったかもしれません。
 今回はもう少し身近な話題で漢方のお話をさせていただきます。
 先ずは、13年前、15年半の間、どっぷりつかっていた科学万能の宇宙をすっぱりやめ、植物や漢方を修行し始めたころに、ふと素朴な疑問を持ちました。日本人にとっての「食べる」っていったいなんだろうと思い、色々と考えたことがありました・・。
 「2000年以上の日本の歴史の中で、日本の庶民がお腹一杯白いお米を食べることができるようになったのはいったい何時からなんだろう?」なんてことを考えたこと、ありますか。私が生まれたのは昭和33年。子供のころは・・「ご飯だけはお腹一杯食べることはできたけど・・。納豆ご飯、卵かけご飯が大好きで、リンゴなんかは冬になる前に青森県から木箱でモミガラの中にいっぱいつまって送られてきて、お袋が忙しい中、剥いてくれたリンゴはとても美味しかった。バナナは高級品だったし、トンカツなんて1年に何度も食べることはできなかったなあ~」って思い出します。そうなんです。日本人はその長い歴史の中で少なくともつい60~70年前以前は庶民が白いご飯をお腹いっぱい食べることのできなかった民族だったんです。
 私の幸せはご飯と納豆(朝、昼、晩、3回食べても可です)、大根オロシ、リンゴのどれかが食べられれば、いつも幸せです。言い換えれば、私の不幸とは、この4つが食べられなくなった時だけです。それ以外はいつも幸せなんです。何が起きても、どんなことになろうとも・・・です。現代、60~70年前の日本に比べて今は圧倒的にモノが豊かになりました。すばらしい事です。日本の歴史上初めてのことです。望めばいつでも好きなものが食べることができる時代です。車だって、家だってお金させあれば何だってすぐに手に入る時代。ひょっとして幸せだって、健康だって・・。そう錯覚してしまいそうな現代。果たして本当にそうなのでしょうか。「心の元気」ってお金で買えるのでしょうか?
 さて、何だって手に入るモノが豊かな時代。このモノがやっかいなんです。太平洋戦争直後までは、モノが無かった時代です。だから心はそれなりに豊かだったんです。「食べる」だけで幸せだったし、ましてや便利な「モノ(車、洗濯機・・・)」を得るためだけに働けば良かったし、頭を使えば良かった。だから、何もなかったころに比べて毎日食べるモノ、身の回りのモノが豊かになれば感動もあったし、達成感もあった。だから生きる喜びもあったんです。だからそのように生きてきた大人、私たちの親からは、モノが豊かになれば、それだけで幸せだと教え込まれてきたんです。でも・・、果たして本当にそうなのでしょうか。日本人が歴史上、モノが豊かだった時代は全く無かったわけですから、モノが豊かな時代に生きて感動、満足感、達成感を伝えることのできる先人はあまり多くはいないはずです。私の個人的な意見ですが、生まれた時から家、車、テレビ、ステレオ、電話、トンカツ、お刺身・・・。少なくとも60年前の日本人よりははるかにモノが揃っている中で生まれて、育っていかなければいけない子供たちに私たちはいったい感動、満足感、達成感とは何かということをどう伝えていけばいいのでしょうか?これは本当に難しく、大変なことです。実は私たちは大変な時代に生きているのです。ステキな食べモノ、便利なモノが当たり前の時代に生きる私たちは、先人たちよりもよりステキな生き方をしなければならないのではないでしょうか。それは、私たちの親の世代が何もないところからモノが豊かにしてきた人以上に厳しいことだと思います。ひょっとしたら、地球に住む一員、地球に生かされている一生物として、地球に何か恩返しをするくらいの高い気持ちになって、「何をするのか」を考えなければいけないのかもしれません。
 私はこう考えます。「何のために生きる」のかがはっきりしていなければ「何のために食べる」、「何のために勉強する」、「何のために仕事をする」・・が見えなくなってしまう可能性があると思います。「何のために・・」とは即ち哲学(その人にとっての小宇宙とも言えます)のことです。今の日本人に求められているのは、一人一人が「ステキに生きる」ための哲学のように思えてなりません。
 日本の歴史上初めてモノが豊かな時代を迎えている今でなければできないことではないかと思います。

2.「食べる」
 本誌5月号で、病気を予防する一番のクスリは、『私たち自らが五感(官)を使って「気」(大地に流れる生命エネルギー)を、能動的に取り入れること』ではないかと述べましたが、分かり易くするために。「気」という言葉を「感動」に置き換えてみても良いかもしれません(図1)。
Blg1

                                            図1

 人は口から「水穀の気(水や食べ物)」を取り入れ、脾(消化管)で精気にして肺へ送り、鼻(大気)から取り入れた天空の気を肺で「気(元気)」にして、それを全身に巡らすことによって生命活動を行っているというのが、漢方の最も基本的な考え方です(本誌5月号)。
 地球上に生きている全ての人が毎日欠かすことのできない「食べる」とは、漢方では、口から「水穀の気(水や食べ物)」を能動的に取り入れるということになります。一方、科学を基礎とする西洋医学や栄養学では、「病気(各種疾病)にならないために」は、理論上決められた各種栄養成分(蛋白質、脂肪、糖類、各種ビタミン類)や微量金属元素や果ては、色々な抗酸化物質を口から取り入れなさい。もちろん、近代科学の果たしてきた重要な役割を否定するつもりは毛頭ありませんし、すばらしい部分もたくさんあるとは思っていますが、ただ、科学で分かったこと(科学的エビデンス)だけを用い、「生きる」ため、「病気にならない」ための「食べる」・・では、「食べる」という感動をどこかに置き忘れてしまっているような気がしてなりません。あたかも、病気になった時に飲むような西洋薬をイメージしてしまうのは私だけでしょうか。もちろん、科学を神のように信じ、科学的に証明できないものを認めない人にとっては、科学的に「食べる」のも口から取り入れる「感動」なのでしょうね。例えばシャケを食べた時に「シャケのピンク色はカロチノイドの一種、アスタキサンチン(構造式1)でその抗酸化作用が生体内で発生する活性酸素(図2)を除去してくれるので美味しい!」とか、「搾りたてのレモン汁には還元型のビタミンCが豊富に入っていて、老化を防ぐから美味しい!」とか・・・etc・・
Photo Blg

                    図2  

Photo_2

 
 本誌7月号でお話したように、漢方では全ての人は異なる小宇宙と説いていますから、「科学万能」という小宇宙の中に生きる人もいてまた良し。ということになります。
 いずれにしても、心豊かに、前向きに「生きる」ための「食べる」は、生命を維持するためだけの「食べる」とでは大きく意味が違うはずです。
 

3.五行論と「食べる」
 漢方を勉強するまでは、食材、例えば、野菜については、その成分の化学構造式とその作用、抗酸化物質と活性酸素の構造式から電子伝系との関係から山葵などの辛味の成分の発生と作用まで、以前私の最も得意としていた化学と化学構造式を使って説明していたのですが・・・、ある時それだけでは、説明できないことの方が圧倒的に多いことに気づき、化学では説明できないもの、ことに対してきちんと理解したと思ったのが漢方を勉強しようと思ったきっかけでした。「100人の人がいたなら全て異なる生命体として考える」。この考え方を知った時は頭の中が雷に打たれたようなショックを受けました。図3と図4を使いながらお話を進めていきましょう。
   
Blg3

                    図3

Blg4_2
  
                    図4

 五行論では、食材も全て酸(さん)・苦(く)・甘(かん)・辛(しん)・鹹(かん)の五味に分類されています。なお、鹹(かん)とは塩辛いという意味です。
 ところで、現在私たちが食べている食材は、漢方の興った時代の食べ物とは相当異なっているものもあるはずです。特に庶民の食べていたものを比べると、食材の種類、調理方法や食べ合わせも格段の差があって、私たちが毎日食しているものを漢方でどう説明していくのか、大変興味深いことではないでしょうか。図2には現代の食材を一応五味に分類してみましたが、色々な書物によってかなり違いますし、エビやアサリのように、鹹・甘の二味を持つものもあったりします。その他、苺は?苺ジャムはどう説明する、柑橘系の果物は全て同じで良いのか?柑橘系果物から作られるママレードは何?・・etc・・。さらには、モノが豊かですから、私たちが口から取り入れる食材の食べ合わせは無限にあります。
 古代中国に興った漢方の考え方を使って毎日口から取り入れ豊富な食材、すなわち漢方で説く「水穀の気」をきちんと説明することができるようになって、科学的エビデンスを足し算することができれば、人それぞれに合ったon demandの病気予防、健康維持方法確立も夢ではないように思えます。
 図3は、7月号でもお話しました五行の相生・相剋の関係を肝・心・脾・肺・腎の五臓を中心に五味と五感を添え、さらに、五味については具体的その代表的な食材を書き添えてみました。繰り返しになってしまいますが、五臓はお互いに相生、相克の関係で影響し合っています。例えば、相生の関係で言えば、肝(かん)がスムーズに働くと心(しん)もスムーズにさらに脾(ひ)も・・・。逆に肝が痛むと心働きが悪くなりやがて脾も・・・。5つの臓器すべてにきちんと「気」が満ちていて、循環していることが健康を維持することにつながるということです。この五臓の「気」の流れをスムーズにする最も大切な物が毎日口から取り入れる「水穀の気」で、酸は肝、苦は心、甘は脾、辛は肺、鹹は腎の「気」を補います。さらに、生きていく上で、瞬間的に湧き上がってくる感情もまた自分で制御することはできませんから、怒・喜・思・悲・恐の5つの感情も健康維持のためには欠かせぬことです。5つの感情はどれも必要なものですが、過ぎたる1つ感情は、その感情を生み出す臓器を傷つけることになります。

4.五味をいっしょに「食べる」ことのできる料理
 これまでのお話で五味、五臓、五感の関係をイメージすることができたのではないかと思います。簡単に言えば、「好き嫌いせず色々な物を食べましょう」、「喜怒哀楽を出しましょう」ということにつきるかと思います。 
 実は日本にはこの五味をいっしょに口から取り入れる世界に誇ることのできる料理があります。
 「鍋料理」です。旬の魚介類、野菜がたっぷり入った体を温めてくれる料理です。鍋料理と言っても、最初から味噌、醤油、塩で味のついた「寄せ鍋」と新鮮な魚介類と野菜で出汁をとって、ポン酢などで食べる「ちり鍋」の2種類があります。塩分控えめの「ちり鍋」は旬の食材から目からも、鼻からも季節感を感じさせてくれる、正に北海道の薬膳料理と言っても言い過ぎではないでしょう。
 さらに言えば、「鍋料理」は気の合った人同士の食べる料理ですから、そこには必ず笑顔がありますし、少量のお酒は口を滑らかにさせ、思っていることを全て言葉に出すことできる魔法のような料理です。笑顔はNK細胞などの免疫細胞を活性化させてくれることは科学でも証明されています。「鍋料理」は漢方の考え方と科学の両方で説明できるすばらしい「水穀の気」ではないでしょうか。

Blgj

|

« 植物エネルギー 第219話 ~富良野岳の植物エネルギー~ | トップページ | 植物エネルギー 第221話 ~旭岳の植物エネルギー(1)~ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 植物エネルギー 第219話 ~富良野岳の植物エネルギー~ | トップページ | 植物エネルギー 第221話 ~旭岳の植物エネルギー(1)~ »