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2008年9月25日 (木)

植物エネルギー 第240話 ~自分に自信を持つ、自分を愛する方法 その3~

 自分に自信を持つ、自分を愛する方法・・・本当に言葉で綴ることが難しいですね(笑)。でも・・・この事は何か今後・・・たぶん・・・とっても私自身に必要なことになるという直感があって・・・今日も書いてみます。

 話は飛んでしまいますが・・・今ビリージョエルの「HONESTY(オネスティー)」という曲を聴きながら書いています。誠実、正直という意味ですね。ずーっと昔から・・・この曲は私の心に何かを伝えてくれていました。初めてCDを買って・・・カラオケで熱唱しようと思うのです(笑)。If you search for tenderness, it isn't hard to find.  You can have the love you need to live, but if you look for truthfullness you might just as well be blind.  It always seems to be so hard to give.  Honesty is such a lonely word.  Everyone is so untrue.  Honesty is hardly ever heard and mostly what I need from you.』

 訳すると・・・あなたが求めているのが優しさなら、見つけることはそんなに難しいことではない。生きていくための必要な愛を得ることもできよう。しかし、この世の中で正直さ、自分の心のウソをつかずに生きていくことを求めたとしたら・・・むしろ盲目になった方が良いくらいに見つけることが難しい。誠実とは本当に淋しい言葉だ。誰もがあまりに不誠実、自分の心のウソをついて生きているから、誠実という言葉を耳にするすることは少ないが、しかし、それこそがあなたから欲しいものなのだ。になりますね(笑)。この「あなたから」って一体、誰、何のことでしょうね。人・・・だと思いますか?

 化学をやっているときには・・・人類は地球を滅ぼす元凶。なんて思ったこともありました。でも・・・今は地球に生きる人全てが何か地球の役に立ちたくて人として生を受けているのだ。という気持ちが100%です。

 『人は皆誰かにその存在を認めてもらいたい』。今はこの事が・・・全ての人の心の中のHonestyだと信じています。

 でも・・・何かのきっかけで『私の存在など誰も認めてくれるはずなんかがない』。そんなふうに思ってしまおうと思ったのではないでようか。でも・・・それって本当にあきらめきれるものなのかしら・・・。私にはそんな事は不可能のように思えます。今、日本ではかつてなかったような事件が多発しています。評論家たちは、自分の常識、日本が貧しかったころの常識、学識者という虚構の常識の上たって言いたいことをメディアで話しています・・・が・・・。私は・・・自分の存在を認めてもらいたいという心の一番奥底の誠実が理不尽な行動に現れているようにしか思えません。本当にあきらめたとしたら・・・それは自らの生をあきらることになるわけですから・・・

 交通事故で亡くなる方はどんどん減少して一万人以下に。自殺者は三万人近くになろうとしています。『地球に生を受け、誰からも誉められず、その存在を無視されたゆえに・・・地球に対する役割を見つけられずに・・・』。そう思うと涙が出そうになります。

 ところで・・・あなたはという言葉の反対語って何だと思いますか?

 憎しみではないのですよ(笑)。憎しみという感情も愛の1つの形態です。

 の反対語、対極にある言葉は・・・無関心・・・です。絶対に!

 無関心こそが究極の邪悪でしょうね。きっと。赤貧国家だったころは『見猿、言わ猿、聞か猿』が世渡り上手の極意だったのでしょう。まあそれもしょうが無いことかもしれません。何せ、理想論を言っても今日のご飯が食べられない時代だったのでしょうから。余計なことをすれば・・・日本では『村八分』ですからね(笑)。余談ですが『村八分』てバカな風習って今でもあらゆる組織で残っているでしょう(笑)。皆と同じ考え、行動をしなければ排除する・・・そもそも日本の伝統って「いじめ」『村八分』そのもののようにも思えますね(笑)。大人が社会で「いじめ」をしているのを子供たちはちゃんと見ているんですよ。子供の「いじめ」を無くするには、子供たちに背中を見せている大人が前向きに生きなければ何も変わりはしません。そんなバカな風習は前向き人間同士で一蹴して行きましょう(笑)。『村八分』にする人たちはかわいそうな人なんです。だって・・・「これまで通り」にしか生きることができないのですよ、前に進めない人たちなんです。だから一生懸命生きて『村八分』になったが勝ちです。それ以外の人間よりも素晴らしいってことを現代では意味しているからです。心はいつも「心はいつも天空の城ラピュタ」いましょう(笑)。天空の城からそんな人たちを応援しようではありませんか。前向きに生きようとする人たちに何かメッセージを残せるようなステキな人間になろうではありませんか。

 で、今は・・・貧しかったころの日本とは全てが違うのです。声高に昔の日本が良かったという人たち・・・本当にそうなの?って聞きたくなります。そんな人たちの多くはお金があって社会的地位もあって・・・ですよね(笑)。貧しかったころの日本・・・では・・・お金を持ったり、社会的な肩書き、地位のあった人は・・・皆、その存在を認められ、誉められ、敬われたのですね。そうは思いませんか?またそんな人の多くは、自分律し、大衆に向かって何か哲学的なオーラを発していたはずです。簡単に言えば、貧しかった時代では「地位肩書きのある人」、「お金の持っている人」の多くは=その存在を大いに認められ、大いに敬われ、誉められ、畏れられた。ですよね(笑)。でも・・・そんな人たちの多くは、それこそ、自らが先頭に立って、泥をかぶり、時代の前に進み、失敗すれば責任をとる。そんな生き方をしていたから、皆に誉められた。ということだったのでしょう。それに・・・一般国民の持っているお金、食べ物と、そんな人たちのそれは今に比べると、あり得ないくらいに大きな格差があったことは疑う余地のないほどです。生活レベルに差があって、上のレベルの人が進むべき道を畏れずに前に進む → 何か新しい事が起こり利益を生み出す → 一般国民にも恩恵がある。こうなると、必然的に・・・尊敬されますよね(笑)。だいたい民が国会議員を選出するなんてことは皆無でしたよね(笑)。家柄みたいな荒唐無稽なもんだけで、その人の仕事、一生が決まっていたほどですから・・・ 

 今は・・・一般国民も今日の不満を大いに言えるほど、食生活も住環境も豊かになりました。社会的に肩書きのある人たちとの格差が小さくなったんです。その昔ほど家柄、学歴だけで私たちの一生が決められることもなくなりました。すばらしいことのはずですよね。本当は・・・

 でも・・・そんな自由に何でも選べる時代になると・・・何かとても不安になる人たちがいるんですよ(笑)。おかしいですよね。その昔は肩書きのある人たち、お金持ちに自分の一生を決められていたので、その名残があって(私たちの親は赤貧国家だったころの親に育てられていますから、生まれたときから洗脳というか精神的に従属根性が練りこまれています)、まだまだ自分の人生を自分で進めず躊躇している人が多いのではないでしょうか?海外の色々な書物に書かれていますよ。『自由の無い奴隷は奴隷の間は自由を望み、願う。しかし、自分以外の人に自由を与えられると、奴隷たちは喜び、喚起するのではなく・・・不安になり・・・また従属することを願うようになる』と。実は・・・少なくない日本人は誰かに命令され、何も考えずに生きることの方が、楽であることを遺伝子レベルで練りこまれているのではないかと思うときがあります。だから・・・肩書きが大好きなのかもしれません。肩書き上位の人が自分よりも偉い人(自分はかなりレベルが低いと思おうとする)であることにして、その人の言いなりに生きる。私にはそんなふうにしか思えません。

 選挙だって・・・自分の言い分を通してくれる人を選んで、要求が通らないと、グレル、ゴネル・・・選ばれた人に肩書きを与えておいて、全てをその人のせいにして、選んだ方は好き勝手生きる。何も地球の将来を考えて日々の生活を送らない。そう考えると、今の政治家さんにも「ご苦労さん」、「お疲れさん」と言いたくなるときもあります。政治家のせいする生き方はやめましょ。前向きに生きる庶民が増えなければ・・・政治家さんだって大変です。私たち庶民も「過ぎたる欲」を減らせば、ステキな政治家さんだって生まれてくるはずですよ。

 お医者様だって・・・本来は毎日一生懸命生きている人が、ある時病気になったり、怪我をして働けなくなった人をサポートして、その人から「ありがとうございます」と言われて初めて、お医者様をやている達成感が得られるのではないかと思います。毎日の食生活をおろそかにして、ある意味暴飲暴食をして、病気になって、お医者様が治せなかったり、薬剤師さんが少しでも薬の出すのが遅れると「なにやってんだー」と怒る人。なんかおかしくはないですか?

 肩書き社会は私たち庶民も手を貸していることに気がつくべきです。私の子供のころは将来は「医者、大臣、弁護士」になれって、そんな職業になったこともない親、学校の先生、大人から耳にタコができるくらい言われたものです。そんなことを言ってた人たちは単にその人たちがうらやましかっただけなんです。「誉められ、尊敬され、お金をもっている、良い生活ができる」。その職業につくためにどれだけの気持ちのモチベーション、勉強、なってからの精神的研鑽、修行、哲学を持たなければならないかは全くに伝えずに・・・

 今の時代、自分がやって良かったと思うこと意外、何も伝わりません。子供たちがそうです。子供たちは自分の親が高校、大学でちゃんと勉強していないことを見抜いています。なのに・・・そんな親に限って子供に「勉強してるのかい」、「ちゃんとやってる」、「大丈夫」と執拗に言い続けます。それって・・・どうなんですか?子供は親が発している言葉ほどに誠実に生きてはいないことを見抜いているかもしれないのですよ。でも・・・親には育ててもらった恩を感じて(親も育てていやったと胸張って言う。生んだら育てるのが当たり前なのにデス。子供から育ってやったぞって言われたらなんて応えるのでしょうね)、何も言えない。それが日本の現状です。「親を尊敬しろ」、「親を敬え」、「親の言うことをきけ」・・・これってどうなんですか?大人は子供たちから本当に尊敬される生き方をしているのかしら?私たち大人が率先して考え泣ければいけない時代かもしれません。子供にとって生まれて初めての肩書きある人は「お父さん」、「お母さん」なのだから・・・子供にとって最初のヒーローは「お父さん」であり、最初の女神は「お母さん」なのです。モノが豊かなこの時代の大人のなすべきことはただ1つです。「世界一かっこいいお父さん」、「世界一ステキなお母さん」と自分自身で胸を張って生きて、そして地球の大地に還る。そんな生き方をすることだと私は思います。もちろん私だってまだまだ修行の途中で、今後もその修行を続けていきます。

 肩書きある人のご苦労もなんとなく分かる(私もそのうちの一人ですよね、きっと)のですが、「その考え方は少し違いませんか?」、「モノが豊かな時代にはかつての赤貧国家だったころの感性、常識とは全く異なる生き方をしなければ地球は滅んじゃいますよ」みたいなことを肩書き持つ人がちゃんと伝えていく責務があると私は思うのです。 そのために毎日、たくさんの本を読み、文章を書き、勉強して、実践して、失敗と成功を繰り返して、伝えるものを増やしていくのです。

 なのに、現代の社会的肩書きがあって、お金もあって・・・そんな人たちが毎日一生懸命生きている私たちに何かステキなオーラを発している人っています?ステキな背中を見せてくれる人って何人いるでしょうね。テレビを見ていると・・・日本国民に頭を下げて「すみませんでした」ってゴメンナサイしている人が多数!!!!で、そんな人たち同士で群れを作って、お互いに「オレたちは大丈夫」なんて励ましあってる。そんなふうにしか思えません。とても「ヒーロー」や「女神さま」とは遠い存在ですよね(笑)。肩書きある人も無い人もそれぞれ地球に何か役に立つことをするように生まれてきてると私は信じてます。それぞれが、その役割を見つけること。そのためには、一生懸命考え、そして、勇気を持って何か怖いけれども、未知なる領域かもしれないけれども、自らが第1歩を踏み出すことが今の日本人に求められているように思えます。だって・・・怒られたって、しかられたって・・・憲兵隊が来て牢獄に入れられることなんてないし、明日いきなり食べられなくなることだって無いのですから・・・いっしょに前に進みましょ(笑)!

 今日は「誉める」がテーマでしたね。「自分が生きている存在を認めてもらえる」ことの1つに「誉められる」があると思います。

 もう少し掘り下げます。あなたは誰に誉められたら、うれしいくなって元気、勇気が沸いてくるのでしょう?私はそれについても考え続けてきました。

 親?上司?友人?恋人?奥さん?だんなさん?子供?教授?社長?・・・いったい誰でしょうね。人それぞれだと思います。これはとても大切なことだと、私は思うのです。

 誰でも良いから誉めて欲しい!これもありですが・・・私には終生持ち得ない感情ですね。

 ある時気がつきました。私は私の心の中の神様(私自身がこんな人間になりたいと思い描いている理想の私)に誉められたい。そう思えました。自分自身の心の奥底にある誠実と言っても良いでしょうね。

 お話を具体的なことに移しましょう。5年ほど前、一生懸命やっても誉めてもらえないとあきらめかけていた私は・・・「誰も私の存在を認めてくれないのなら、自分で自分のことをほめて自分で地球に生を受けた存在を認めてみよう」と思い立ちました。夜、自分の部屋で「私はすばらしい」と大きな声で10回ほど言ってから寝る事に決め、3ケ月毎日言い続けました。何か起きたのかは書きません(笑)。ご自分で試してみてください。自分に自信を持つ一番の近道かもしれません。でもね・・・「私はステキだ、私はすばらしい」と言葉に発することって・・・最初はとっても苦しいです(笑)。

 ぜひやってみてください。いかに自分で自分のことを矮小化しているかがすぐに理解できます。

 地球上で息をして、生きているだけですばらしいんですよ。迷っていることだって、悩んでいる事だって・・・全てすばらしいことです。だって・・・地球のために何かしようと悩んでいるのですから・・・そうは思えませんか?

 自分で自分の事を意味など考えずに言葉に出して誉めてみる(一日10回)。ぜひトライしてみてください。2ケ月後、自分のhonestyに気がつくと思います。

9月以降の私のイベント(写真展、講演)情報。こちらデス

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