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2009年9月 3日 (木)

植物エネルギー 第421話 ~ 自分に自信を持つ=自分を愛する=心身一如 ~

 さて、今日のテーマは・・・「自分に自信を持つ」、「自分を愛する」、「心身一如」です。

 「身近な出会いと感動」、漢方での最も基本「太極図」、「陰陽論」も混ぜてお話しましょう。もちろんこれは、私の個人的な考え方ですからね(笑)。

 以前のブログでは結論できませんでしたが・・・今は、「自分を愛すること」=「自分に自信を持つ」であると確信しています。では、どうやったら「自分を愛する」ことができるのか・・・なんですが・・・。

 そも「愛」っていうのはなんだ?ってところから・・・ですね(笑)。

 それは・・・ありのままの自分が地球に生きていること、自分の存在をなんの条件なしに認めてもらう、褒めてもらうことなのではないかしら・・・と思い始めています。もちろんその逆の「身近なモノの存在そのものを無条件に認めて、褒めてあげる」も「愛」なのでしょう。

 この条件なし無条件というところが重要だと思うのですが、どうでしょう?

 長い間、ずーっと、もやーっとしていたのですが、先週、言葉になって心の中に突然降ってきました。なんかこれって人類にとって一番の核心部分のような気がします。

 先ず、地球に生を受け、ぞの絶対的なモノは母親、父親ですね。これは全ての人類一人一人にとっての絶対真理です。証明するまでもないことですね。真白な心を持った赤ちゃんにとって、母親は地球上で最高の女神であり、父親は最高の勇者なのです。これは・・・絶対間違いないことです。母親、父親がどう思おうと、生まれたばかりの赤ちゃんにとっては絶対なのです。しかして・・・それは摂理かというと・・・残念ながら、その逆かもしれません。生まれた子供が、もしかして、女神でも勇者でもない両親をずーっと女神であると、勇者であると信じて生き続けたとしたら・・・その生まれたときから、自分の心のウソをついて生き続けることになる。そう思うのです。

 本来、子供が生まれただけで、生きてるだけで、その存在そのものをいつも認め、祝福し、褒めることができる親であったならば・・・と考えてしまいます。

 親からその存在を無条件で認めてもらえない、祝福してもらえない、褒めてもらえないと・・・生まれた子供は何に自分の地球上に生きる、存在するだけで許される、褒めてもらえるものを求めてくのでしょう?みんなで考える時がきてるのではないでしょうか?

 繰り返しになってしまいますが・・・自分の存在を人にだけに対して、認めてもらおうとすると・・・褒めてもらおうとすると・・・虚しさ、悲しさ、儚さ、怒り、惑い、焦り・・・etc・・・陰の感情=闇が訪れる。しかして・・・冷静に考えれば・・・この陰の感情というのは・・・自分を愛そうとした裏側の想いだから・・・その人はきっと他の人に対してその存在を認め、祝福し、褒めてあげることのできる大きな大きな愛をたっぷりもったの人なのでしょう。そこに気づきさえすれば・・・自分に自信を持ち、自分を愛することができるはずなんですが・・・あまりに大きな陰の感情はすぐ傍にあるとーってもすばらしい光さえも見えなくしてしまう。かつての私もそうでしたが・・・

 人にだけ求めようとする心・・・これってどうなんでしょう?ひょっとしたら、地球に生きる人類全てがそう思っていたとしたら・・・これって・・・究極の闇が待ってるような気がします。かつて・・・絶対に変わらない普遍的な信じるものを求めてさまよい歩いていた人生がありました。ある時は・・・自分を分ってくれると人を求め、その次には・・・化学こそが絶対真理と信じようとして・・・そして・・・心の中に闇が訪れました。

 下の図は漢方のすべてを図に表したもので、太極図といいます。左半分の白いところは「光=陽の気」を表し、右半分の黒いところは「闇=陰の気」を表します。

 「光=陽の気」とは笑顔、幸せ感・・・と言っても良いでしょう。しかして、あまりの幸せ感、笑顔ばかりだと・・・人の心はその中に存在する小さな闇に向かい・・・やがて右半分の闇に覆われてしまう。

 右半分はいくらつらくて、悲しくて、苦しくて、怒って・・・真っ暗で・・・の陰、闇の状態なのですが・・・その中には必ず光が存在している。その光に気がつくことができれば・・・

 そして、左半分は「陽中の陰」、右半分は「陰中の陽」と言って人の心の中にはこの太極図がいつもクルクル回ってるってことです(笑)。

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 自分が生きているだけで存在を認めてもらおうとするから・・・宗教が生まれたのではないかしら・・・とも思えます。これも「陰中の陽」だったのかもしれません。でも・・・それはあまりに実態のないものでか弱いもののように思えます。

 さて・・・人類全ての心が弱いものしかないしたら・・・人に愛をもとめることすら儚い想いになってしまうかもしれません。

 漢方の最も基本的でその究極理論は、「心身一如」です。

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 「心を元気にする」=「自分を愛する」=「自分に自信を持つ」=「地球を愛する」=「地球に愛される」=「身近な地球の営みに感動する」=「地球の元気そのものである身近な植物たちの輝く姿に感動」=「感動することによって地球へ感謝できる」=・・・・・・。こんなことかと思います。みんさんは、どう思いますか?

 で、今朝地球からもらった心の元気をお見せしましょう。朝5時に家を出発し大学に行く途中、車の窓から飛び込んできた元気です。思わず、3度も車を止めて、コンパクトデジカメで地球の元気を撮らせていただきました。

 先ず、朝5時22分に地球からもらった元気とは・・・

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 さらに・・・ズームで・・・

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そして、私の背中のにある地球の表情も・・・

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 まさに、昇る朝日は陽の気そのもの、背中にあるものは陰の世界です。

 さらに、車を運転していくと・・・

 朝5時27分の地球の元気です。

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 ズームアップすると・・・

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 縦位置でも・・

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 私の背中にある地球の表情も・・・

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 そして、石狩川を渡り、大学のそばで見た地球の元気です。

 朝5時45分の地球の元気!

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 お米も輝いてるなあ~・・・。今年もまた美味しいお米が食べられるのかしら・・・

 などと、しばし瞑想しちゃいました。

 こんなさりげない風景に感動している私。こんなさりげない風景を見せてくれる地球に感謝しちゃいます。ああ私は地球を愛してるなあ~って思える瞬間です。

 なので・・・今日の私は、とびっきりの元気印です。目一杯生きようって思ってます。

 下の表にあるように、漢方の陰陽論では、物質文明とは究極の「陽の気」です。で、精神文化「陰の気」です。今、地球は物質文明に充ち満ちています。あまりに陰の気が少ないのです。陰の気とは・・・すなわち・・・心の元気、心の豊かさ・・・そして・・・その先には「愛」があると私は思います。

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 心の元気度とは・・・身近にあるものの中にいくつ感動して、いくつ感謝の気持ちを持てるかではないかと私は思うのですが、いかがでしょう?

 感動の数と感謝の数が多ければ多いほど、その人の心は愛に満たされていて、心は元気なのだと思います。

 そして、それは、人から判断されるものではなく、自分自身で判断してこそ、本物だと思っています。

 私自身の心の元気チェック表を見せしましょう。

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 もちろん、まだまだ足りないと思っています。なので修行の旅は続くのです。

 人類一人ひとりが、自分の心の元気度チェック表を持てば・・・何かが変わるような気がします。

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