2008年6月25日 (水)

植物エネルギー 第211話 ~漢方薬用植物講座 「植物と七味唐辛子」~

 今年3月から北海道薬剤師会会報「道薬誌」に投稿している「漢方薬用植物講座」をブログに掲載します。ぜひ読んでください。

1.植物って? 

 先ず素朴な疑問から・・・「植物っていったい何なのですか?」。いかがでしょうか?
 私はこう考えています。野菜、果物、穀類、これらは植物ですよね。人類にとって、無くてはならない絶対的な植物です。樹木、山野草・・これも人間以外の有機生命体(動物、昆虫、菌類、カビ・・)にとって絶対必要なモノです。海草も然り。漢方薬もほとんどが植物の根、茎、花、実、種、葉、全てを使います。と考えると、地球と人間は植物を通して繋がっているということになりますから、地球上のあらゆる植物が人間を生かすための根源的エネルギーといっても良いはずです。漢方で言う「気」そのものということになります。もちろんも植物は地球自身にとっての生命エネルギーそのものです。とすると・・・地球上から素敵な植物たちが減る ⇒ 地球は病んでいく ⇒ 病んだ地球には病んだ人間、動物が増え続ける。という考え方であまり矛盾はないように思えます。いかがでしょう?
 病んだ地球を元気にすれば、心も体も元気な人が増えると考えてはいけないでしょうか?だから、身近な植物たちを愛する人が増えることが病んでいく地球の一番の特効薬になると思います。国、言葉、宗教の違いを超えて、人類全ての人が愛することのできる可能性のあるもの。それが「植物」だと思います。
 私たちの身近な植物たちのことについて連載していきますので、よろしくお付き合いくださいませ。先ずは「七味唐辛子」のお話から・・・

2.七味唐辛子 
 「赤唐辛子(あかとうがらし)」、「陳皮(ちんぴ)」、「山椒(さんしょう)」、「胡麻(ごま)」、「芥子(けし)の実」、「麻(あさ)の実」、「青紫蘇(あおじそ)」、「生姜(しょうが)」、「青海苔(あおのり)」と聞いて、すぐにこれらの植物たちが、日本が世界に誇る七味唐辛子の中身だと言い当てることのできる人が何人いるでしょうか?七味唐辛子は日本の食文化史上稀に見るドライスパイス(香辛料)を用いた混合スパイスです。ところで、「ひとつ、ふたつ、みっつ・・・・・・・、アレッ?七味唐辛子は七種類の薬味のはずなのに、九種類もあるぞ・・・」と思われた方もいらっしゃるでしょう。
 日本人の食生活に欠かかすことのできない七味唐辛子、私たちはそのことについて知っているようで実はあまり理解していないようにも思えます。そこで今回は、七味唐辛子のルーツ、七つの薬味のブレンドの仕方、効能や食材との関わりなどについてお話をしていきたいと思います。

3.七味唐辛子のルーツ

3-1.トウガラシの歴史
 先ず、七味唐辛子を語る前に中に入っている七種類の薬味のうち辛味成分であり、七味唐辛子の主役であるトウガラシのお話から始めましょう。
 トウガラシは中央アメリカ、南アメリカおよび西インド諸島が原産地であり、すでにおよそ9000年前に栽培され常食されていたとされており、中南米のインデイオ達がトウガラシを薬用に使用していて、「アヒ」と呼んで痙攣や下痢を治療するのに服用していました。今では世界の三大スパイスといわれている「ペパー(胡椒)」、「シナモン(桂皮)」、「クローブ(丁子)」と肩をならべるほど、いや、ある意味ではそれ以上に世界中で広く使われているトウガラシですが、このスパイスが中南米以外の地で認知された時期はペパーなどに比べると驚くほど最近なのです。
 トウガラシ(チリ)を世界中に広めた人物は、かの有名なクリストファー・コロンブスです。コロンブスは新大陸を発見した1493年にコーカサスのペパー(胡椒)よりももっと辛く、種類も色彩も豊富なトウガラシ(チリ)を偶然発見し、それをスペイン(ユーラシア大陸)に持ち帰ったとされています。さらに50年後の16世紀中頃には南米を出たトウガラシが日本へ渡来することになります。

3-2.七味唐辛子の誕生
 日本での七味唐辛子のルーツは1625年(寛永2年)、初代からしや徳右衛門という人が江戸、薬研堀(やげんぼり)で売り出したことから始まります。薬研堀は現在の東京は両国橋のあたりで、「薬研(やげん)」とは当時の薬(漢方薬)をすり潰す道具の事であり、その名の示すように周囲は医者や薬問屋が集まっていた所だそうです。当時、漢方薬を食に利用できないかと考案されたのが七味唐辛子です。この最も古い歴史を持つ『やげん堀唐辛子本舗』(以下『やげん堀』と略します)の七味唐辛子は「生の赤唐辛子」、「煎った赤唐辛子」、「粉山椒(こなさんしょう)」、「黒胡麻」、「芥子の実」、「麻の実」、「陳皮」の七種類の薬味が入っています。当時、江戸庶民のポピュラーな食べ物であった蕎麦(そば)にピッタリと合う薬味であったので人気が高まりました。後の項で詳しくお話しますが、これら七つの薬味の多くは風邪にとても良く効く漢方薬であり、江戸庶民が七味唐辛子をかけた熱い蕎麦を食べて風邪を予防していたのではないかと考えることができます。
 蕎麦と七味唐辛子の中の辛味であるトウガラシだけに焦点を当ててみてもおもしろい事実が分かります。蕎麦を作る原料のそば殻にはルチン (1) (ポリフェノールの一種)という水溶性ビタミン(ビタミンPと呼ばれる)に似た働きをする物質が大量に含まれており、このルチンが毛細血管を強化する働きで高血圧や心臓病、脳血管障害を予防するなど高い薬効性を示す他、体のほてりを抑える働きがあります。一方、トウガラシに含まれている辛味成分はカプサイシン (2) という化学物質です。このカプサイシンは今注目されている化合物の一つで、人体に対して非常に良い働きがあることが分かっています。中でもカプサイシンにはアドレナリン分泌促進作用があるため、油分(脂肪)を身体の中で燃焼させ脂肪組織重量、血清トリグリセリド(血液中の中性脂肪)を低下させることが科学的にも実証されています。このような理由から、かなり前に若い女性を中心にトウガラシが「ダイエットに良い」ということで騒がれていることは皆さんご承知の通りです。もちろん、寛永年間の江戸時代に唐辛子ダイエットが流行ったわけがないでしょうが・・・

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 風邪でほてった体を蕎麦で冷まし、発熱による悪寒を新陳代謝促進作用のあるトウガラシで発汗させて解消する。科学的根拠の無い江戸時代に、江戸の人々は理にかなったすばらしい風邪撃退法を実践していたわけです。このことからも七味唐辛子のルーツは医食同源そのものであると言っても良いでしょう。
 『やげん堀唐辛子本舗』の七味唐辛子が、当然のこととはいえ、古くは江戸時代の寛永年間から350年余りを経た今でも伝統を守り続けていることに感動を覚えるのは筆者だけでしょうか。

3-3.その他の七味唐辛子屋さん
 さて皆さん、これで日本で最も古い七味唐辛子屋さんは、東京にある『やげん堀』の七味唐辛子であることがお分かりいただけたことでしょう。ところで、日本には『やげん堀』の他に江戸時代から続いている2軒の七味唐辛子屋さんがあることを、そしてその2軒の七味唐辛子屋さんが使っている七種類の素材も『やげん堀』のそれとは少しずつ違っていることを知っていますか。ここでは2軒の唐辛子屋さんの紹介とブレンドされている素材の種類が違っている理由について考えてみます。
  江戸庶民の間で人気になった『やげん堀』の七味唐辛子はしだいに東京(江戸)から関西(京都、大阪)へと広がり、やがて長野の善光寺と京都の清水寺の参道に、その土地の食文化に適した独自の七味唐辛子を売る店が現れました。それが『八幡屋礒五郎(やはたやいそごろう)』(長野)と『七味家(しちみや)本舗』(京都)の2軒の七味唐辛子屋さんです。
 『八幡屋礒五郎』の七味唐辛子に使われている七種類の薬味は「赤唐辛子」、「生姜」、「陳皮」、「山椒」、「黒胡麻」、「青紫蘇」、「麻の実」です。また、『七味家』が使っている薬味は「赤唐辛子」、「山椒」、「白胡麻」、「黒胡麻」、「青紫蘇」、「青海苔」、「麻の実」の七種類です。
 『やげん堀』、『八幡屋礒五郎』、『七味家』で使われている七味の薬味の違いを一目で分かるように表にまとめてみました(表1)。『八幡屋礒五郎』、『七味家』とも、最も古い歴史がある『やげん堀』の七味の素材とちょっとだけ違うことが分かります。その違いとはいったい何でしょう?。江戸、長野そして京都へと西に向かうにしたがって、辛味よりも香りを重視したブレンドになっているように思われます。東の江戸と西の京都で比べてみましょう。『やげん堀』のブレンドでは七種類の薬味のうち二つが「赤唐辛子」で、実際に使われている素材は七種類ではなく六種類です。また、ウンシュウミカンの皮を乾燥した「陳皮」には苦味もあります。一方、『七味屋』の七味唐辛子には香りの良い「白胡麻」、「黒胡麻」、「青紫蘇」、「青海苔」の四種類の薬味がブレンドされています。また苦味のある「陳皮」は使われていません。ちなみに、京都『七味家』の七味唐辛子もブレンドされている七種類の薬味のうち二つが「胡麻」(白と黒)ですから、実際には、江戸『やげん堀』と同じように六種類の薬味で作られていることになります。これまでのお話から、"七味唐辛子" と一口に言っても 日本には300年以上の時を刻んだ3種類の七味唐辛子があるという事がお分かりいただけたのではないかと思います。

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 さて、それでは次に何故、日本三大七味と言われる『やげん堀』、『八幡屋礒五郎』、『七味家』でブレンドされている素材に違いがあるのかを考えてみましょう。
 その答えはそう簡単ではなさそうですが、関東と関西の食文化の違いに一番の理由がありそうです。それは「蕎麦(そば)」と「うどん」の文化と置き換えることができます。豊かになった現代でこそ、私たちは七味唐辛子を使って色々な料理を味わうことができます。しかしながら、江戸時代当時、関東では「蕎麦(そば)」、関西では「うどん」が最も庶民的な食べ物でした。そして、蕎麦つゆが濃い口の醤油味であるのに対して、うどんのそれは昆布やかつおの風味を大切にした薄口の醤油味であることが両食文化の違いを如実に表しています。『やげん堀』の七味唐辛子は濃い口の醤油味に合うように辛味を強調したブレンドに対して、『七味家』の七味唐辛子は風味を大切にした薄口の醤油味に合うように香りの良い薬味が多く使われているのです。
 このように、 関東の【"濃い味" 文化】と関西の【"薄味" 文化】が七味唐辛子に使われる薬味のアレンジを変えたと結論することができます。

4.「やげん堀」に配される5種類の薬味

 「やげん堀」の七味唐辛子に配される他の5種類の薬味についても簡単に紹介させていただきます。
山椒
 ミカン科のサンショウは落葉低木で、実は辛味、葉は香り、風味豊かな香辛料です。古くは縄文時代の遺跡の中から山椒の入った土器が出土されていることからも分かるように、日本最古の香辛料といえるでしょう。古名を「はじかみ」ともよばれましたが、生姜が中国の呉国から伝来すると、生姜が「くれ(呉)のはじかみ」、山椒は「なるのはじかみ」とよんで区別されるようになりました。中国最古の薬物書、『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』に蜀椒の名で下品(げぼん)の一つとして収録されているほど大昔から薬として重宝されてきました。
 日本人はこの日本最古の香辛料を長い年月をかけ、葉、花、実、幹、樹皮に至るまで、全てを利用する術を身につけてきました。3月頃から出回る山椒の新芽、木の芽は焼き物や煮魚に添え、味噌と混ぜて木の芽味噌に、4~5月に咲く黄色の花は醤油で煮て酒の肴やご飯のおかずに、6月の未の小粒でもピリリと辛い未熟な青い実山椒は茄であく抜きした後、塩や醤油に漬けて保存します。また秋になると山椒の実が熟してはじけ、この黒い実を包んでいる外皮が最も香り高く、この皮を細かくしたのが粉山椒です。さらに、山椒の木はとても硬いのですりこぎや杖として利用されます。
胡麻
 ゴマはゴマ科の60~120cm の高さに直立する一年草です。原産地はインドネシアと熱帯アフリカです。ゴマの使用部位は種子であり、その種子の色により黒ゴマ、白ゴマ、黄ゴマ、金ゴマの4つに大別されます。日本では黒ゴマは胡麻和え、おはぎ、焼き菓子などに、白ゴマは胡麻油の材料や炒って種々の料理の香りづけに利用されます。日本人の食文化にとても馴染んでいるこのゴマは奈良時代にはすでに重要な作物になっていたようですが、世界的に見るとその歴史は相当古く、B.C. 1600 年の昔にさかのぼります。チグリス - ユーフラテス河文明の発祥の時代に、ゴマの生産記録があり、食用油を採るために栽培された最古の作物であると言われています。
 エジプト語のゴマという言葉は "Sesemt" であり、B.C. 1550 年にかかれた長さ20m にも及ぶ巻物『エバース古文書』に記載されている医薬品リストの中にも "Sesemt" がでてきます。また、『千夜一夜物語』の中のアリババと40人の盗賊の話に出てくる不思議な呪文 "開けゴマ" のゴマという言葉からも、当時のイスラム世界でゴマが相当普及していようです。蛇足ですがアラビアの預言者であり、回教の開祖、モハメッドは経験豊かなスパイス商人であったことを皆さんはご存知ですか?
陳皮
 ミカン科のウンシュウミカンの成熟した果実の皮のことで、古い皮ほど効能が高く朝鮮人参より高価なものさえあります。「陳皮」の「陳」は「老いた」とか「古い」と言う意味です。原名 "橘柚(きつゆう)" で『神農本草経』の上品(じょうぼん)に収録されたものが現在の陳皮の基と考えられますが、その後、橘皮、黄橘柚、陳橘柚、陳皮、橘紅、紅皮などの多くの関連名称が見られ、ちょっと複雑です。漢方では「気」のめぐりを良くする理気剤として、香蘇散、六君子湯などの方剤に配されます。
麻の実
 クワ科の大麻の種子を用います。ヨーロッパや中国では古くは食用とされており、特に中国では五穀のひとつとして主食にされていた時代もありました。煎ると芳香を生じ、スパイスとして食欲増進の他、古代中国では強壮など薬用としても利用されていました。たんぱく質が多く100g 中30g 弱と、ごまの約 1.5 倍に上ります。
けしの実
 B.C. 2000年から1000年の間にわたりエジプト人は薬用植物としてだけでなく、この種子を砕き、食用油を採るためにもケシを栽培していました。また、A.D. 1世紀ころには、その時代にポピュラーなものであった炒ったポピー・シードと蜂蜜を混ぜ合わせた香ばしい食物について記述されています。今でも麻の実やケシの実が乗かったアンパンを目にすることがあります。
4.おわりに
 「やげん堀」の七味唐辛子が日本最古であることはお分かりいただけたのでははいでしょうか。浅草のお店に行くと、店先からとっても良い香り、特に質の高い山椒の香りが漂っています。お店の中に入ると7つの薬味が各々単品で販売されており、ブレンドの仕方も人によって様々でした。私事で恐縮ですが、「やげん堀」の七味唐辛子と出会って12年。今では私の食生活に欠かせぬものとなっています。
 また、新潟県には赤トウガラシを冬期間、麹で発酵させた「かんずり」というペースト状の香辛料があって、鍋、おでんから焼き肉まで、色々な料理に本当に良く合います。「かんずり」も私の食生活に欠かせぬものとなっています。
 古くは南米で使われていたトウガラシも、豊かな日本の食文化に合わせてどんどん進化していったのでしょうね。日本人の豊かな発想力、応用力にあらためて感動を覚えます。
 紙面に限りがありますので「かんずり」のお話はまたどこかで・・・

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