2010年2月12日 (金)

植物エネルギー 第572話 ~ありがとうございました・・・写真展『Film Paradise ~フィルムカメラで残す想い~』が終了しました ~

 2月10日に写真展『Film Paradise ~フィルムカメラで残す想い~』が終了しました。

 来場してくださった方の総数は・・・2500人! すばらしい写真展でした。先ずは、会場に来てアマチュアフィルムアーティストたちの作品をご覧になってくださった方たちに厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。2008年2月に開催した私の写真展の来場者数(2050人)をはるかに上回る記録的な数字になりました。目標の5000人には届きませんでしたが(笑)、(株)富士フイルム本社に、私たちの熱い気持ちと、フォトサロンを残してくださった感謝の気持ちが届いたと思います。

 他にもお礼申し上げたい方がいます。

 北海道新聞社さん。写真展の告知や、富士フイルムフォトサロン存続、さらには発展に関して、北海道内には熱い心を持ったフィルムユーザー、アーティストたちがいることを全道版で記事にしてくださいました。ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。

 そして、北海道テレビ(HTB)さん。特に私がコメンテーターをさせていただいている「イチオシ!」の皆さん、ありがとうございました。番組内での写真展とフォトトークショーの告知をさせていただきました。アナウンサーの森さやかさんも写真展を見に来てくださいましたね。重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。

 今回の写真展では、参加した全ての方がそれぞれの役割を100%発揮してくれたからこその結果です。そして、何よりも、出展者は、自分の心の欲するモノを自分で決め、自分で撮り、数ある中から1点だけを自分で選んだ。自分の作品に対する想い、愛・・・etc・・・、ステキなモノの足し算がこのような結果になったのだと思います。あまりにも便利に慣れ過ぎてしまった現代人とって「全てを自分で選ぶ!」。これこそが一番の心のクスリ、栄養素になると私は確信しています。

 内緒のお話ですが・・・サロンの長谷川館長さんから、パラダイスチームの定期的な写真展枠のオファーがあったようですよ(笑)。それに・・・新札幌サンピアザ内の「光の広場」での夏の写真展のオファーも昨日あったようです(池原社長談)。自分の作品を自分で選んで出展したいと思ってらっしゃるフィルムアーティストさん、ぜひパラダイスに来てください!

 そして・・・2月9日は、(株)富士フイルムから3人の執行役員の方が来てくださいました。私が大変お世話になっている方たちで、ダメ元で、そのうちのお一人に今回の写真展に来てほしい旨のメールをお送りしたら・・・。とてもうれしかったです。そして・・・3人の方に私の今後の進む方向性(21世紀の漢方学)とフィルムカメラの必要性をお話させていただき、これからの協力をお願いしたのでした。

 フィルム一眼レフカメラで身近な植物さんのステキな瞬間を接写する。それも・・・一番ブレる低感度フィルムVelvia50を使って・・・それは・・・自分の心の中の元気度をチェックすることなのです。ブレていれば・・・心は元気ではない!そう判断できると確信しています。

 地球上のすべての生命体の中で人類にとって最も必要なものは・・・植物たちです。その植物たちのステキな瞬間を感じ、それを自分でちゃんと写すことができたなら・・・その人の心は元気・・・そんな診断方法(自分で判断する)ってどうでしょう?

 アカツメグサくんだって・・・ステキなんです。

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 こんなステキな瞬間を感じ、自分で撮ることのできる喜びは・・・やがて、地球を愛する気持ちになり、そしてそんな自分を愛することができるようになるはずです。

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 心が元気=体が元気。これこそが漢方の最も基礎となる「心身一如」です。心が元気になれば、自ら命を絶つ人や、ふさぎこんでしまう方がどんどん減っていくと私は思うのですがいかがでしょう?

 地球に愛されてみませんか?

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 さて、また新しい一週間が始まります。悔いなき人生を目指してどんどん進んで行きましょう。それは・・・自分で見つける人生の旅かも知れません!

 最後に今日の通勤途中から2枚。

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 人生、一生懸命生きるからこそ、雨、暴風、吹雪、曇り、晴天・・・・があるのだとやっと最近になって気付きました(笑)。そう言えば・・・天気って・・・漢方で言う「天空の気」のことだもんな(笑)。当たり前か・・・(笑)。

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2009年10月26日 (月)

算命学解説(寄稿)

算命学を修行中の人に算命学の解説を書いてもらいました!

以下は私の文章ではなく、その人に書いてもらったものです。

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このブログの筆者に頼まれましたので、まだ勉強中の身ながら、算命学についてちょっとだけ解説させていただきます。

算命学とは、中国発祥の古い伝統を持つ、人間の運命と生き方についての学問です。
占いのようなものですが、単なる占いよりももっと哲学的なものです。その根底にある思想は老子が説いた道教の「タオ」であり、算命学が理想とする境地は「無為自然」です。自然と調和し、無理なく生きること、これは漢方の哲学とも一致します。

算命学は、また漢方と同様に、陰陽五行説を基盤にしています。

陰陽とは光と影、昼と夜、太陽と月、男と女、肉体と精神、発展と衰退、拡散と収縮、分解と同化・・・

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陰と陽はそれぞれ世界の半分ずつを占め、陰⇒陽⇒陰⇒陽⇒・・・と留まることなく移り変わっていくものです。上の太極図はそれを表現したものです。図中の大きな白の中の黒い点は陽中の陰、大きな黒の中の白い点は陰中の陽を表します。陽が旺盛になると陰が出現し、陽が極まると陰に転じる、陰が旺盛になると陽が出現し、陰が極まると陽に転じる、それが永遠に繰り返されるということが表現されています。

陰陽は決して善悪ではありません。
陽があるから陰があり、陰があるから陽がある。
春になって、木々が芽吹き、枝を伸ばして葉を茂らせるのは陽のステージです。
秋になって、葉を落とし、実と根っこに養分を蓄えて眠りにつくのは陰のステージです。
秋や冬は寂しい感じがするから好きじゃないと言う人もいますが、秋と冬の収縮、貯蔵、熟成の期間が次の成長、発展には不可欠なのです。
人間も一生懸命働いたり遊んだりするだけに偏ると、陰のエネルギーが不足して病気になってしまいます。
睡眠をとったり、何もしないでゆっくりと心を無にする時間が必要です。このことは現代では軽視されがちなので、太字にしておきます。

五行とはの五種類の属性のことを言います。
この五行が循環することで自然界は成り立っています。五行の循環には相生の関係と相剋の関係がありますが、詳しいことは今回は省略します。

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五行は文字通りの物質を表すのみではなく、人間の性質も五行で表すことができます。
ごく簡単に言うと、木性は人間の守備本能火性は表現本能土性は引力(魅力)本能金性は攻撃本能水性は習得本能を表します。

五行にもそれぞれ陰と陽があります。

陽の木=甲(木の兄、きのえ)  陰の木=乙(木の弟、きのと)
陽の火=丙(火の兄、ひのえ)  陰の火=丁(火の弟、ひのと)
陽の土=戊(土の兄、つちのえ) 陰の土=己(土の弟、つちのと)
陽の金=庚(金の兄、かのえ)  陰の金=辛(金の弟、かのと)
陽の水=壬(水の兄、みずのえ) 陰の水=癸(水の弟、みずのと)

これらを十干(じゅっかん)といいます。

これに毎年の年賀状でおなじみの子・丑・寅・・・の十二支を組み合わせると60種類の干支(かんし)が生まれます。
干支は一般的には「えと」と読みますが、これは、「きの、きの」の「えと」から来ている言葉で、厳密には干支を「えと」と読むのは誤りなのです。
今年は丑年ですが、十干をつけてきちんと言うと、己丑(つちのとうし)年です。
月にも日にもそれぞれ干支があって、60種類の干支が順番に回っています。
60歳を還暦と言いますが、それは60年で生まれた年の干支が再び巡ってくるからです。

算命学では、人間はこの地上に生れ落ちた日の五行の影響により、魂の性質と運命が決まるとされます。
生まれた日、月、年の3つの干支から、人の性格から運命まで読み解くのが算命学です。
自分の宿命を知り、宿命を消化することが、宇宙全体の活動と調和することになり、魂の幸せにつながると説きます。

それではいよいよ、このブログの筆者の場合を見てみましょう。

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3つの中で、日干支(にっかんし)がその人自身を表しているので、最も重要です。年干支(ねんかんし)は両親の影響を、月干支(げっかんし)は社会や家系の影響を表します。

日干支の干、この人の場合「乙(きのと)」が、魂の性質・精神を表しています。
乙は陰の木、すなわち、草花とかつる性の植物を表します。大地の上にたくましく生い茂って地表を守り、踏まれても刈られても、種をばら撒いて生き延び、仲間を増やす植物たちです。だから日干が乙の人は、柔軟で打たれ強く、横のつながりを積極的に作って、同じ仲間同士で仲良く物事を進めていこうとする性質を持っています。

日干支、乙亥は60種類の干支の中で2つしかない日座中殺干支という特殊な干支の一つです。つまり、30人に一人の特殊な人。

この干支を日干支に持つ人は、普通の生き方はできません。宇宙スケールの運命を持った人なので、普通の生き方に自分を無理やり押し込めようとしたら不幸になってしまいます。このような人は特に算命学の知恵を取り入れ、自分の運命を知ると、人生の舵取りがしやすくなるでしょう。

日座中殺干支については、一つ前の記事で本人が詳しいことを書いているので、これくらいにします。

ここまでを陰占(いんせん)と言います。本当は陰占から、もっと多くのことを読み取れるはずなのですが、わたしはまだ、勉強し始めたばかりなので、よく分かりません。

次に陽占(ようせん)では、日干とその他の干支との関係から、十大主星(じゅうだいしゅせい)と十二大従星(じゅうにだいじゅうせい)を導き出します。

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十大主星(青字)は十干と同じく陰陽五行の10種類があり、性格や才能を表します。
図の真ん中の星が、本人の星で、基本となる性格です。上下左右にあるのはそれぞれ、目上、目下、社会(友人)、配偶者(家族)に見せる性格です。

十二大従星(緑字)は地支から生まれ、12種類あります。人が胎児から成長し、死んであの世へ行くまでを12段階に分けて表したもので、現実に立ち向かうエネルギーの量も分かります。
右上が幼年期、右下が中年期、左下が老年期に回ってくる星です。老年期の星はその人の本質的な星でもあります。一時期大ブームになった動物占いは、実はこの老年期の星の性格を動物に当てはめて表現したものなのです。

このブログの筆者の中心星は石門(せきもん)星(陰の木星・草花)です。これはこの人の魂(乙)と同じ属性です。誰にでも気さくに話しかけ、自分と同じ志の人を集めて、集団で自分のやりたいことを実現していこうとする星です。人類皆平等的な考えを持っているので、縦の序列を嫌います。木性は守備本能ですから、植物が地球を守っているように、自分の集団を守ろうとします。それは攻撃的な守りではなく、愛による守りです。全てのものを平等に大切に思うことによる守りです。

この石門星が、目下の場所にも出ています。目下の場所は、その人の本音をあらわす部分でもあります。この人は本当に、根っからの『草花』的性格の人ですね。小さな草花は彼にとって同族、仲間なのでしょう。植物の写真を撮るときも、友達の写真を撮っている感覚なのでしょうね。

目上の場所と社会の場所に出ている司禄(しろく)星(陰の土星・平地、田園)は地道な蓄財と身近な人たちへのこまめな愛情と気配りの星です。地味で慎重な性格です。土性は引力本能であり、自分のところに財と愛情をひきつけて、集まってきた人にそれを分配します。人が集まってこない土地ほど寂しいものはなく、土性の星を持った人は基本的に寂しがり屋です。ちなみに陽の土星は禄存(ろくぞん)星といいます。禄存星の場合は司禄星よりスケールが大きくなり、回すお金の額も、愛情の範囲も大きくなります。

同じ星が二つあると、陰陽が逆の星の性質が現れるという法則があります。この場合、司禄星が2つあるので禄存星の性質も出てくるのです。しかし、その影響は虚気と言って、普通の状態ではないときにあらわれるので、実際に見ているとあまりいい結果につながらないことが多いようです。忙しくて細かいことまで気が回らないときに、突然現れた、会ったばかりのお客さんに、愛情の押し売り(説教)してしまったり・・・(笑)
最近はあまりないようですが(笑)

石門星と司禄星は木と土で相剋の関係にあります。ですから、心の中の石門的な思いと、現実にとってしまう司禄的行動の狭間で、常に葛藤があることと思います。しかし、葛藤があることは、それを昇華することで才能に磨きがかかると言うことでもあります。

そして、この人の場合、葛藤を乗り越えて現実に立ち向かうエネルギーが十分にあります。

それが中年期の天将星(てんしょうせい)という星です。この星は一人の人間の身に余るほどのエネルギーを注ぎ込む最強の星・王者の星です。この星があったら、そのエネルギーを注ぎ込む健全な対象が見つからないとおかしなことになってしまうと言われています。現実を自分の都合のいいように強引に変えようとして、周囲の支持を得られず、独りぼっちになっても自分が一番えらいと考えているような人になってしまう・・・みたいな。
だから天将星がある人は、苦労に苦労を重ねることで余分なエネルギーを燃焼し、人間力を磨いて、世の為人の為になる目標を見出して初めて輝くのです。

十二大従星のエネルギーは高いから良い、低いから悪いというわけではありません。エネルギーが高いと言うことは、現実問題に関心を持って、自分から世の中に関わっていこうとするエネルギーが強いということ。その目標が見つからなかったりすると、エネルギーはくすぶって他人への攻撃などになりやすく、波乱万丈の人生になりがちです。
エネルギーが低い星は現実より精神的な方に関心が向きますから、現実的には平穏無事な人生を送りやすくなります。精神的には悩みが多いかもしれませんが、それを克服するエネルギーは十分にあります。どちらが良くてどちらが悪いと言うことはありません。

この人の老年期の星(本質をあらわすの星でもあります)は、天極星(てんきょくせい)という、エネルギー点数が下から2番目の星です(ちなみに動物占いで言うとゾウです)。
これは魂が肉体から離れた時、すなわち死んだ時の魂のエネルギーです。悟りの星です。精神世界の方に心が広がっているので、物欲にこだわりません。物事の原点に回帰しようとします。見えない世界を思いやる心があります。

自分の仲間みたいな植物たちの写真を撮り集めて、見えない世界、人間の原点を思い出し、みんなで原点に帰ろうとすることで、地球を守り、人類を幸せに導きたい・・・

算命学の観点から見て、彼が今まで歩いてきた道のりと、これからやろうとしていることは、持って生まれた運命にぴったり合っているように見えます。

占いと言うと、未来のことを占うことを想像する人が多いかもしれませんが、未来を占うより、持って生まれた性質を知り、今までの生き方を占いによって肯定してもらって、背中を押してもらう占いの使い方が、私は好きです。

自分の性格を否定する気持ちや、「これで良かったのかな・・・」という不安が、「これで良かったんだ! もっと自信を持って生きていこう!」という勇気に変わる。
そんな占いを提供できたらと思って、勉強中です。

配偶者の場所の玉堂星の事や、先祖星の龍高星の事などについては長くなるので割愛しました。
要望があればまた書きます(笑)。

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2009年9月 4日 (金)

植物エネルギー 第422話 ~ 愛という言葉の反対語 ~

 さて、今日は少し前のブログで出した「愛」の反対語の答から・・・

 これも私個人の考えですからね(笑)。考え方、思うことは、人それぞれですから・・・・

 「愛」の反対語は・・・それは・・・「無関心」「無視」ではないかと思っています。どうでしょう?

 これも、以前のブログで書きましたが、若かりし頃は 「愛」の反対語は「憎しみ」だと思ってました。でも、「憎しみ」も相手に大いに関心があるわけだから、愛そうとして満たされないところからくる感情の一部ですから・・・やっぱり「愛」なのだと今は思えます。「見て見ぬふり」・・・これも「愛」とはかけ離れたところにあるものでしょう。なので、現代社会にはこれがはびこってる・・・ということは・・・そういうことなんですね。

 で、37歳以前の私。「私にはもう有機化学しか無い。これが無くなると死んじゃうかも・・。」っていつも思っていました。だから、愛そうとした。すばらしいことだと思っていた。

 しかし・・・今、考えると「愛そうとした」=「愛していなかった」になることが分ります。無理してたんですねえ~ホント。で、体中がボロボロになってしまった。その当時は「絶対頑張る!が口癖だったけど・・・この頑張るって言葉自身、「イヤなことをする」時、「心の欲しているものでないこと」する時に、自分自身を勇気づけるために使う言葉ですね。すなわち、無理してるってことです。当然、心と体に無理をかけていたことになるわけです。でも、「頑張る」こと自体はとてもすばらしいことでもあります。でも・・・1つの所に想いが集まっちゃうと・・・過ぎたる滞り=執着になって、心の中に闇がやってきます。

 で、昨日のブログに関連したことですが・・・有機化学を目いっぱい無理してやっていた時のことです。道端の草や花、木々たちのざわめき・・・etc・・・なんて、何も目に入っていなかったし、何も聞こえてはいなかった。ただただ毎日が戦争のごとく・・・自分の心がしんじゃわないように・・・体を動かし、脳みそをフル回転させ、夜中に行きつけの居酒屋に行って、その日の思い出したくないことをお酒と笑いでごまかす日々。まあ、それが一般的には大人になることなのかもしれませんが、私はイヤです。だから・・・体が悲鳴を上げたのでしょう。

 道端の草や花、木々たちのざわめきなんかが見えない、聞こえない。これでは、到底地球を愛していることにはならないし、当然地球に愛されることには至らない。今考えると当たり前なことなんですが・・・稚拙だったとしか言いようがないですね。漢方で最も大切な「気」「大地に流れる元気」など取り入れることは、100%不可能でした。

 こうなってみると、有機化学が私に教えてくれたこともすばらしいことに思えるようになってきました。だって・・・究極の勇気とは何かに気づかせてくれたのですから。この1ケ月の間に・・・結構トラウマに感じていた有機化学もまた愛しいものに思え始めています。

 さて、明日5日(土)東洋医学シンポジウムで発表です。心のクスリについて発表してきます。明後日6日(日)は朝9時から、(財)北海道新聞野生生物基金主催の森の観察会でナビゲーターを務めます。およそ40数人の方が北海道医療大学・北方系生態観察園に来ます。どんどん忙しくなーれ(笑)。

 昨日はスタッフの方が下見に来られました。

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 で、森の中で、地球の元気をいーっぱいいただきました。

 皆さんにおすそ分けしちゃいます。どーですかこの緑光と真っ青な空!二度と同じ景色を見ることができないと思うと・・・「ありがと。ステキになる。」という言葉しか思い浮かびません。

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 下の写真は・・・オヒョウニレの緑光ですね。葉っぱ先っぽで分っちゃいます。

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 身近な所に感動という名の心のクスリはたーっくさん、たーっくさんあるんですよ。

 地球を愛することができれば・・・自分に自信を持てるし、地球上に生きる全ての人類も愛することができるかもしれないと思っています。

 ただし・・・可能なかぎり、言葉を使って、自らそれを人に確かめに行かないことです。

 そうは思いませんか?

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2009年9月 3日 (木)

植物エネルギー 第421話 ~ 自分に自信を持つ=自分を愛する=心身一如 ~

 さて、今日のテーマは・・・「自分に自信を持つ」、「自分を愛する」、「心身一如」です。

 「身近な出会いと感動」、漢方での最も基本「太極図」、「陰陽論」も混ぜてお話しましょう。もちろんこれは、私の個人的な考え方ですからね(笑)。

 以前のブログでは結論できませんでしたが・・・今は、「自分を愛すること」=「自分に自信を持つ」であると確信しています。では、どうやったら「自分を愛する」ことができるのか・・・なんですが・・・。

 そも「愛」っていうのはなんだ?ってところから・・・ですね(笑)。

 それは・・・ありのままの自分が地球に生きていること、自分の存在をなんの条件なしに認めてもらう、褒めてもらうことなのではないかしら・・・と思い始めています。もちろんその逆の「身近なモノの存在そのものを無条件に認めて、褒めてあげる」も「愛」なのでしょう。

 この条件なし無条件というところが重要だと思うのですが、どうでしょう?

 長い間、ずーっと、もやーっとしていたのですが、先週、言葉になって心の中に突然降ってきました。なんかこれって人類にとって一番の核心部分のような気がします。

 先ず、地球に生を受け、ぞの絶対的なモノは母親、父親ですね。これは全ての人類一人一人にとっての絶対真理です。証明するまでもないことですね。真白な心を持った赤ちゃんにとって、母親は地球上で最高の女神であり、父親は最高の勇者なのです。これは・・・絶対間違いないことです。母親、父親がどう思おうと、生まれたばかりの赤ちゃんにとっては絶対なのです。しかして・・・それは摂理かというと・・・残念ながら、その逆かもしれません。生まれた子供が、もしかして、女神でも勇者でもない両親をずーっと女神であると、勇者であると信じて生き続けたとしたら・・・その生まれたときから、自分の心のウソをついて生き続けることになる。そう思うのです。

 本来、子供が生まれただけで、生きてるだけで、その存在そのものをいつも認め、祝福し、褒めることができる親であったならば・・・と考えてしまいます。

 親からその存在を無条件で認めてもらえない、祝福してもらえない、褒めてもらえないと・・・生まれた子供は何に自分の地球上に生きる、存在するだけで許される、褒めてもらえるものを求めてくのでしょう?みんなで考える時がきてるのではないでしょうか?

 繰り返しになってしまいますが・・・自分の存在を人にだけに対して、認めてもらおうとすると・・・褒めてもらおうとすると・・・虚しさ、悲しさ、儚さ、怒り、惑い、焦り・・・etc・・・陰の感情=闇が訪れる。しかして・・・冷静に考えれば・・・この陰の感情というのは・・・自分を愛そうとした裏側の想いだから・・・その人はきっと他の人に対してその存在を認め、祝福し、褒めてあげることのできる大きな大きな愛をたっぷりもったの人なのでしょう。そこに気づきさえすれば・・・自分に自信を持ち、自分を愛することができるはずなんですが・・・あまりに大きな陰の感情はすぐ傍にあるとーってもすばらしい光さえも見えなくしてしまう。かつての私もそうでしたが・・・

 人にだけ求めようとする心・・・これってどうなんでしょう?ひょっとしたら、地球に生きる人類全てがそう思っていたとしたら・・・これって・・・究極の闇が待ってるような気がします。かつて・・・絶対に変わらない普遍的な信じるものを求めてさまよい歩いていた人生がありました。ある時は・・・自分を分ってくれると人を求め、その次には・・・化学こそが絶対真理と信じようとして・・・そして・・・心の中に闇が訪れました。

 下の図は漢方のすべてを図に表したもので、太極図といいます。左半分の白いところは「光=陽の気」を表し、右半分の黒いところは「闇=陰の気」を表します。

 「光=陽の気」とは笑顔、幸せ感・・・と言っても良いでしょう。しかして、あまりの幸せ感、笑顔ばかりだと・・・人の心はその中に存在する小さな闇に向かい・・・やがて右半分の闇に覆われてしまう。

 右半分はいくらつらくて、悲しくて、苦しくて、怒って・・・真っ暗で・・・の陰、闇の状態なのですが・・・その中には必ず光が存在している。その光に気がつくことができれば・・・

 そして、左半分は「陽中の陰」、右半分は「陰中の陽」と言って人の心の中にはこの太極図がいつもクルクル回ってるってことです(笑)。

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 自分が生きているだけで存在を認めてもらおうとするから・・・宗教が生まれたのではないかしら・・・とも思えます。これも「陰中の陽」だったのかもしれません。でも・・・それはあまりに実態のないものでか弱いもののように思えます。

 さて・・・人類全ての心が弱いものしかないしたら・・・人に愛をもとめることすら儚い想いになってしまうかもしれません。

 漢方の最も基本的でその究極理論は、「心身一如」です。

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 「心を元気にする」=「自分を愛する」=「自分に自信を持つ」=「地球を愛する」=「地球に愛される」=「身近な地球の営みに感動する」=「地球の元気そのものである身近な植物たちの輝く姿に感動」=「感動することによって地球へ感謝できる」=・・・・・・。こんなことかと思います。みんさんは、どう思いますか?

 で、今朝地球からもらった心の元気をお見せしましょう。朝5時に家を出発し大学に行く途中、車の窓から飛び込んできた元気です。思わず、3度も車を止めて、コンパクトデジカメで地球の元気を撮らせていただきました。

 先ず、朝5時22分に地球からもらった元気とは・・・

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 さらに・・・ズームで・・・

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そして、私の背中のにある地球の表情も・・・

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 まさに、昇る朝日は陽の気そのもの、背中にあるものは陰の世界です。

 さらに、車を運転していくと・・・

 朝5時27分の地球の元気です。

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 ズームアップすると・・・

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 縦位置でも・・

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 私の背中にある地球の表情も・・・

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 そして、石狩川を渡り、大学のそばで見た地球の元気です。

 朝5時45分の地球の元気!

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 お米も輝いてるなあ~・・・。今年もまた美味しいお米が食べられるのかしら・・・

 などと、しばし瞑想しちゃいました。

 こんなさりげない風景に感動している私。こんなさりげない風景を見せてくれる地球に感謝しちゃいます。ああ私は地球を愛してるなあ~って思える瞬間です。

 なので・・・今日の私は、とびっきりの元気印です。目一杯生きようって思ってます。

 下の表にあるように、漢方の陰陽論では、物質文明とは究極の「陽の気」です。で、精神文化「陰の気」です。今、地球は物質文明に充ち満ちています。あまりに陰の気が少ないのです。陰の気とは・・・すなわち・・・心の元気、心の豊かさ・・・そして・・・その先には「愛」があると私は思います。

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 心の元気度とは・・・身近にあるものの中にいくつ感動して、いくつ感謝の気持ちを持てるかではないかと私は思うのですが、いかがでしょう?

 感動の数と感謝の数が多ければ多いほど、その人の心は愛に満たされていて、心は元気なのだと思います。

 そして、それは、人から判断されるものではなく、自分自身で判断してこそ、本物だと思っています。

 私自身の心の元気チェック表を見せしましょう。

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 もちろん、まだまだ足りないと思っています。なので修行の旅は続くのです。

 人類一人ひとりが、自分の心の元気度チェック表を持てば・・・何かが変わるような気がします。

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2009年9月 1日 (火)

植物エネルギー 第420話 ~ 愛の反対語ってなんでしょう? ~

 9月になってしまいました。大学の方も後期が始まりました。後期は10月第1週までとーっても忙しくって(私が決めたことなのでしょうがないんですけど・・・)。週に4時間の講義が入ってます。それも一日2時間が2日・・・。ん~・・・頑張らねば。今日もその日です。朝5時に来て準備してましたが、少しブログなど書いて、リフレッシュです。

 心に溜まった邪はきれいな言葉にして浄化しましょ。

 さて、久しぶりに、何か心の中に降ってきたものがあります。以前のブログにも書いたのですが・・・「自分に自信を持つ方法」と「自分を愛する方法」・・・以前より見えてきたものがあるようです。

 断片的には色々と説明できる私がいたのですが・・・あと少し何か欠落しているものがあって・・・なんとなく放っておいたんです。しばらく忙しいので、さらに時間をかけて熟成させた後、ブログにアップしたいと思います。

 一番大切なキーワードは「愛」なのですが・・・、それを理解するとっかかりは・・・その反対語を知ることかと思います。この思考の進め方はかつて命がけでやった有機化学から学んだものです。私のブログをご覧になってくださる方におたずねします。「愛の反対語ってなんでしょう?」・・・、考えてみていただけませんか?

 その他、これも有機化学で学んだ量子力学漢方の陰陽論、五行論、「気」心の元気心のクスリ植物たちから学んだ感動とは?・・・etc・・・を総動員して何か私の中で1つの大きなモノができあがりつつあります。今日は忙しいので、ここまでにします。

 私の8月31日夕方5時1分に見つけた心のクスリをご覧になってください。

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 札幌に所要があって早めに大学を出たのですが・・・石狩太美から見たステキな光です。思わず車を止めて、車外に出てしばし眺めていました。

 「オレってつくづく地球を愛してるんだなあ~」って・・そう思ったら・・・その次に「こんなんを見せてくれる地球に愛されてるかも・・・」なんて思えた瞬間です。身近な所に地球の愛はたくさんあるんですけど・・・、地球から愛されてるって感覚・・・感じたことなんてありますか?

 何故に人は、人からの愛だけが最大だと思うのでしょう、かまわれたい・・・etc・・・と思うのでしょうか?何故にひとは人に愛を求めるのでしょう?そして・・・それを人に確かめるのでしょう?

 今の私は・・・家族も親も、大学にいる人類も、北海道に住む人類も、青森県に住む人類も、中国に住む人類も、韓国に住む人類も、アメリカに住む人類も、ロシアに住む人類も・・・etc・・・この日見たすばらしい光のように等しく愛することができるような気がします。

 それは・・・もう何も淋しいことがないからなんですが・・・。植物たちと付き合うようになって・・・人との接触が極端に減っちゃいました・・・少なくとも、淋しいという理由で自分から人に会いに行くことはなくなりました。こんな何気ない風景、身近な植物たちの輝きを見つけられる自分って、「地球を愛してるし、地球に愛されてる」って思うのです。

 そしたら・・・すべての人類から愛されてるって思えるようになった。なので・・・あとは・・・こんな自分にしてくれた地球に、何かお返しをする生き方をしようって思えるようになったんです。もちろんまだまだ十分ではないことを知っていますので・・・さらなる修行は続きます。

 あっ、時間が!

 またにしますね。

 もう1つ。9月5日~6日に第20回東洋医学シンポジウムという会が開催されます。漢方医、薬剤師、鍼灸師他、北海道で東洋医学に携わる人たちの発表会、研究会なんです。2日間、がっちり真剣に勉強するんですよ。お医者さまたちの臨床例なんかもあって、西洋医学では信じられない奇跡を目の当たりに感じることもできます。

 私も「気・心身一如・漢方・植物エネルギー2009」という演題で30分間ほど発表します。

講演要旨をそのまま掲載してみます。

 ここ数年、日本国における自殺者が三万人を超えているという報道に、いつも何か特効薬はないものだろうか・・・・そう考え続けてきました。

 当然のことながら、西洋医学ではこの心の病気に対しては、無力であることは私でも容易に理解できます。私見ながら「自ら自分の命を絶つ」ということは、心のエネルギーがゼロになってしまうことではないかと思っています。漢方の最も基本的な考え方は「心身一如」、これを口から飲む漢方薬以外にビジュアルに「心のエネルギー = 心のクスリ」になるものはないかと、あきらめることなく探し続けています。

 漢方の「気」とは、目、耳、口、鼻、肌を使って大地に流れる生命エネルギーを能動的に取り入れ、それを自ら育んでいくことと考えるならば、先ずは、森に入って、地球の元気=地球の植物たちと会話しながら、波の砕ける音を聞き、風を感じ、清流の音を聞き、そして、そこに生きる人たちの生命エネルギーを感じてみることから始めてみようと思い立ち、3年前から私と札幌薬剤師会北支部の薬剤師の先生方が、延べにして30回以上襟裳岬へ行って、そこに生きる植物たちと会話し続けてきました。そして、さらに、昨年から札幌薬剤師会北・東・石狩支部と北海道医療大学の共同主催で「第3回漢方・薬用植物研究会 出前講座 in えりも岬 ~えりも岬の大地にステキな「気」をもらいに行きましょう~」を開催しています。参加者は地元の方を含めると、延べにして300人は優に超えました。襟裳岬の大地は、現代人が忘れかけていて、人として最も大切な愛がたくさん凝縮されている大地だと思います。能動的に自らが五感として取り入れる感動の多さが、ひょっとしたら心の元気度かもしれないと思い始めています。心の元気度がアップすると必然的に身体も健康になる。そう思えてなりません。

 襟裳岬の海、波、風、断崖絶壁、森、清流、湖、そこに息づく元気ものの植物たち・・・たくさんの写真と共に、襟裳岬の勇気と元気を、お伝えしたいと思います。

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2009年3月 3日 (火)

植物エネルギー 第322話 ~ 回想・・・50年間・・~

 東京での写真展から一週間が過ぎました。気力、体力ともようやく80%まで回復してきました。この2日間、辛いカレーばかりを5食続けて食べてます。こんなことは初めてです。相当肺の「気」が落ちている証拠です。東京にいるときは全く感じなかったのに・・・、これが本当に「気」が抜ける・・・なのですね。

 さて、今日から私は51歳です。今朝5時に家を出て大学までの50分間、色々なものが頭の中に去来しました。思ったままを言葉してみます。

 そう言えば、子供のころは無邪気に父親がヒーローで母親が女神さまだと信じて疑ったことなどなかった。大人は全て、仙人のごとく勤勉で人を疑うことなどなく地球、人類のために争いごとの無い世界をつくるために生きているんだと信じていた。心からそう思っていた。だから・・・自分も賢くならなければ・・・などと無邪気に思っていたなあ。でも・・・いつのころからかしら、そう思えなくなったのは・・・。戦争って何故起こるんだって、差別って何故起こるんだって、いつも思ってた。人間は賢いはずなのに、人が人を傷つけるなんて何故?学校の先生も親もいつも言っていた。ウソはつくな!正直に誠実に生きろ!ウソつきは泥棒の始まりだ・・・・とも・・・。ヒーローだった父親、女神だった母親、仙人だった大人の言葉をただ信じて生きようとしただけなのに・・・。いや、今もそう生きようとしている。だから・・・これまでの人生は疑問、謎、理不尽・・・が無数に私の心の中に芽生えていたのかもしれない。でも今はその全ての答えが出せそうな自分がうれしい。

 その答えとは・・・実に簡単だった。いや・・・言い直そう。一番難しいことかもしれない。

 もし地球に生きる全ての人が地上に生を受け、ただ生きているだけですばらしいと思うことができれば、そのことが、生きる自信であり、自分を愛することなのだろう。ただ生きているだけすばらしいと思えるならば、それは自分を愛していることと等価であり、自分を愛することができれば、それは生きる自信といえるはずだ。そう思う。

 はたと考えてみる。人は何に対して、怒り、憤り、悲しみ、惑い、遣る瀬無さ、不安、空しさなる負の感情を持つのかしら。そして喜び、嬉しさとはどこから湧き出る感情なのだろうか。かつての私もそうだった。余すことなく、誰よりもこれらの負の感情全てと共に毎日を送っていた。怒りや憤りに支配され、呪いの言葉を発し、日本海溝よりも深い悲しみに体の水分がなくなるかと思うほどの涙を流し、最後にやってくる虚無に言葉を発することもできずに、何時間も微動だにできずにいる私もたくさんいた。心から湧き上がってくる全ての負の感情は・・・恐らく、人に対するものなのではないか・・・と今なら理解できる。人は皆、自分の常識の上に他の人を判断している。そして・・・「こうなって欲しい、ああなって欲しい、こんなんだったら良いのになあ・・・etc・・・」自分の理想はそれぞれにあるはず。自分の欲求、理想を自分以外の他者に求めるから・・・そうでなかった時に負の感情が芽生えてしまう。

 では何故、自分の理想、欲求を他の人の求めるのか?例えば、親がかつて自分がやろうとしてできなかったことや、こうなったらステキだったのに、幸せだったろうになあという生き方を自分の子供に強いる。子供は・・・ヒーローである父親、女神様である母親の言うことに抗うことはできない。両親を愛そうとするがゆえに、両親の喜ぶ笑顔のために頑張る。その過程で様々な負の感情が芽生えていくのではないかしら・・・そこには・・・自分が本来魂レベルでやりたいことがあるはずなのに、それを押し殺して生きていくことになるのだから・・・。などなど・・・良く周りを見渡すと、具体的な例えは身近なところにたくさんあった・・・。

  ここまでは、3年ほど前の私でもたどり着けることのできた答えだったが、では、何故人は自分の想い、理想とする生き方、幸せ感を他者に強いるのだろう。この設問に対して私が納得いく説明できるまでには、その後、3年も要してしまった。今の時点でも十分ではないのではないかと思うが・・・恐らく・・・誰もが、地球に生を受け、生きているだけで幸せだと思えないから、生きているだけですばらしいと思えないからだということではないだろうか。

 現時点で私が納得している答えとは・・・それは・・・「自信が無い!」の一言に尽きるのではないだろうか。毎日ご飯を食べ、なにげない会話をして、テレビを見て笑って、お風呂に入って寝る。これって、それだけですばらしいことだと今の私なら心からそう思える。

 では、負の感情!それがいけないことなのか?と聞かれれば、「それはすばらしいこと」と今の私には思える。かくいう私も、今の私から見ると、つい6年前までは45年間ほど負の感情の中、闇の世界に生きていたのだと思う。

 物心がついたころから、17歳まで、自分に自信がないから、自分をステキだと思える自分はどこにもいなかったように思える。ただ漫然とテレビを見て、ただ笑っている私、自分のやりたいこと、思ったことを言葉に発することができず親のいいなりになっている私、親に「それは違うよ」と言えなかった私、親に言えないくせに、それを弟にぶつけていた私、子供ころ、仲間はずれにされながらも卑屈な笑いを発しながら仲良くしようとしていた私、受験勉強の意味を理解できず、ただただ無為に時間を過ごし、受験に失敗して志望する学問をすることのできなかった私、この人は私を分かってくれる人だと直感で分かっていながらも、それを信じ、貫き通せずいた私・・・etc・・・今思うと・・・どこにも自分が地上に生を受けて、それだけでうれしいと思える私はどこにもいなかった・・・。だから、18歳から・・・とにかく自分がステキになるにはどうしたら良いのかを知る旅を始めた。「私はこんなものさ、大したことは無いのさ。所詮・・・なんだ!」とつぶやきながらも、最後に発する言葉は・・・「でも頑張ろう!」だった。何もよい所がない私でも1つくらいは私自身が自分のことを「よく頑張ったね。お前は何のとりえもないけど、ただ頑張ったよ!誰よりも一生懸命やったよ!」って自分で自分ことを褒めてあげてから地球の土に還りたい。そう18歳のときに思った。何を始めたら良いのか何も分からなかったけど・・・先ずは・・・「もう逃げない!」とだけ決めた。

 先ずは・・・受験勉強に意味を見出せないと屁理屈を言って・・・結果、自分の志望大学に入れず・・・当時は全国で一番最低レベルの大学(東日本学園大学薬学部)にしか入れなかった自分を変えるために、勉強から逃げた私を変えるために、一日8時間は絶対勉強しようと決め、大学受験の参考書やら問題集やらを引っ張り出して、化学、数学、物理・・・とにかくやった。誰も教えてはくれないから、何もわからず、悔しくて涙を泣かしながら、歯を食いしばってやった。自分の決めたことから逃げることはもうこりごりだったから・・・ただ毎日やった。意味など考える時間など無いほどやった・・・・そして・・・今も・・・8時間はできないが、毎日毎日何かを学んでいる自分がいる。何かを自分で「やる」と決めたら、何があっても絶対にやりぬくことが人にとっての最大の勇気であり、元気の種なのだろう・・・と今なら分かる。言葉ではなく体の細胞レベルで分かっている。

 気がつけば・・・18歳のころから51歳の今まで、私の睡眠時間は4時間以下がフツウになっている。朝4時半になるとどんなに遅く寝ても目が覚める体質になっていた。

 なので・・・18歳のころから私に勇気と理想の世界を見せてくれるテレビ(かつては、ガンダム、宇宙戦艦・・・・)以外は今でもほとんどテレビを見たことがない。特にこの6年間は一週間で1時間も見てはいない。あっ、昨年は見たかしら。「篤姫」はよかった!

 話を元に戻そう。大学4年間、とにかく色々な専門書や、それまでの人生で疑問に思ったことを解決するため、自分は何者かを理解するために様々のジャンルの本を読み漁ったものだ。今思えば・・・年間200冊は下らなかったろう。ただ無我夢中にむさぼるように読んだ。今の私から見ると、実に無邪気で、稚拙でオバカで、愚かだった私がいる。

 心のエネルギー全てを開放状態でやっていると、客観的に自分見ることができなくなるなんて、その当時は思いもしなかった・・・挙句・・・「まだまだこんなんじゃまだ全然足りない。」と焦りにも似た感情と自分を責める感情が湧き上がって・・・「これで本当に良いのか?このままで私は自分のことをステキだと思える日が来るのか?」と逆に自分に対する猜疑心さえ芽生えてくることに・・・・。「どこまで頑張ったら良いのか?」。当然誰も教えてくれるはずもないのだが・・・そう思わずにはいられなかった。でも・・・歩みを止めることはなかった。いや、その進む速度をどんどん加速させていった・・・いや自然に加速するイベントが起こった。

 18歳になって「自分の決めたことに、絶対もう逃げない!」と決めてから3年半後・・・大学の受験、試験勉強に対するトラウマを解消するイベントが発生してしまった。指導教官の勧めで北大薬学部と金沢大学薬学部の大学院受験をしたら・・・両方とも受かっていまった!当時は今と違い、25人ほどしか合格しなかった時代。で、トップクラスで合格していまった(このことはその後10年経ってからの聞いた)。ただただ、3年半、一番頑張って勉強した有機化学が一流大学の人たちにどこまで通用するかを知りたかった。受験を終えてからも「有機化学はそこそこやれた。でも・・・受かることなんて100%無い!」と思っていた。全く自信はなかった。合格発表の報を聞いたのは、金沢大学薬学部の大学院受験の真っ最中・・・夜、宿に親から電話がかかってきた・・・。その時の驚き(喜びではない)は今でもはっきりと覚えている。その知らせを聞いてから・・・この私が丸2日間一睡もできなかったのだから・・・・。興奮の極み!これをマックスで感じた瞬間だった。

 それ以来、51歳の今日まで・・・毎日毎日がそんな驚き(今では、感動だと思える)の連続だったように思える。

 有機化学を突き詰め、有機化学を愛し、信じていけばきっと私は自分のことをステキだと思って大地の土に還っていける。そう思った。「これしか無い」。そうも思った。そして・・・その歩むスピードは自然に加速されていくことに。その後、北大薬学部始まって以来初めて、修士1年でハーバード大学化学科に五ヶ月間留学、その後研究テーマを純粋な有機化学に変えて(故及川先生)、2年半で薬学博士号取得、北大薬学部に助手として残り、コロラド州立大学化学科に1年間二度目の留学。そしてさらに、世界レベルでの研究世界を得、世界中の一流と称される有機化学者たちとどんどん切磋琢磨していく毎日が続き、有機化学の修行は益々深くなっていった・・・。有機化学以外のことは一切見えない状態になってしまった・・・。一生懸命突き進めば進むほど、愛すれば愛するほど、私が考えてもみなかったご褒美がたくさんあった。「もういつ死んでもいいや」とさえ思えたほどだった。

 私が大学時代に一番一生懸命やった有機化学こそが私を分かってくれる唯一無二のモノに・・・なっていったのだろう。人に対して心を開くと傷つくことを知っていた私は、益々・・・有機化合物とそれを反応させるフラスコと会話をするようになっていった・・・。一生懸命「上手く反応してね」って念じると・・・必ず新しい、他の研究者の気づかない、気づくことのできない未知なる結果がそこにあった・・・そして・・・日本中の一流と称される有機化学者たちからどんどん褒められ・・・ただただうれしかった。こんなとりえの無い私でもその存在を日本でも一流の研究者から認められ、お酒を飲みながら、私の夢を聞いてくれ、それを聞いて笑顔になってくれた。本当にそれだけでうれしかった。「オレって生きててもいいんだ。誰かに認められる存在なんだ」と・・・当時、有機化学がそんな心地良い気持ちにさせてくれた初めてのモノだったと思えた・・・。「命を賭けてもいい!」本気でそう思っていた。

 今の私から見ると・・・あまりに自己評価が低い私がいた。だから・・・私自身で勝手な異次元空間、亜空間を作り出し、その中で心のエネルギーをすり減らし、命と引き換えに甘美な世界に酔っていた・・・。私は・・・死にたかったのかしら・・・。とさえ今なら思える。

 でも・・・今はちゃんと冷静に自分を振り返ってみると、もっと昔に私の存在を無条件に認めて、褒めてくれたヒトがいたことに気づいている私がいる。自分に対する自信の無さ、自己評価の低さは・・・一番大切なことさえも心の中から追いやってしまう。目の前の甘美な世界こそが全てだと思えてしまうものかもしれない。今の私の心の大きな宇宙から見ると実は・・・これも・・・「逃げている!」・・・ということになる。本来向き合わなければならないことから逃げ、切ない自分の居所を探していたに過ぎない。

 37歳。関東の有名大学の助教授や助手のオファーが多数あったが、もはや有機化学を愛せなくなっていた私がいた。しがみ付きたいけど、もはや、有機化学を愛する心のエネルギーがゼロだった・・・・。「なんでこんなふうになっちゃたんだろう」、「何故愛せなくなったっちゃたんだろう?」。「有機化学が命!」と想い、我武者羅にやってきた果てに・・・空しさ、遣る瀬無さだけが残る日々が続いた。

 そんなある日、私を「桃太郎」と呼んでいた、私が一歳の時に逝った顔さえしらない祖父が夢に出てきて言った。「清、このまま行ったら、死ぬよ!」。祖父は笑いながら去っていった。私の人生の危機には夢の中に必ず現れ、適切な助言をしてくれた祖父の言葉は重かった。有機化学を捨て、新たに薬剤師して修行する決心をし、北海道医療大学の恩師の一人に就職のお願いしたのが、また新たな始まりになろうとは・・・その時には全く思えなかった・・・。結局、私がこよなく愛していた母校に戻ることになろうとは・・・それも、有機化学ではなく、生薬という全く未知なる世界の助教授として・・・!

 生薬学の助教授。またもや私に未知なる世界がやってきた。有機化学と全く異なる世界。「どーしよう!」しかなかったのだが・・・これまでの人生と同じように「自分で決めたことから逃げない!」。で、目の前のことをヒトの3倍やっていけば大丈夫!という小さな自信はあった。

 今振り返ると・・・そんな小さな自信をくれたのが、20年間続けて有機化学を極めるために要した時間だったのかと・・・そう思う。

 医療大学に戻ってきてからさらに14年。植物たちと会話する方法を見つけながら、漢方の修行を続けた結果、その小さな自信があり得ないくらいの自信に変わった。そして・・・私の心の有り様も18歳のころに比べて、360度+180度変わった。私の感覚では、一回死んで、生まれ変わって生き直しているような気持ちにさえなる。

 将来は大自然と接するような仕事につきたかった高校までの私。そして高校3年の時に赤点をとっていた科学。それを克服し、極めるために要した20年間・・・とは、有機生命体の構成する炭素原子を理解するために使った時間だった。植物から動物まで、その構成するあらゆる有機化合物、さらには、有機生命体に役立つであろうと考えて分子設計した新規化合物まで・・・これでもかと思うくらいに、その化学構造式を体の細胞レベルまで覚え、瞬時にその科学的性質をイメージできるように修行した。昔はヒトを見ても、そのアミノ酸の全ての化学構造式とその3次元的立体構造をイメージできようにいつしかなっていた。

 一言で言えば、フツウのヒトが目で見えないものを、見えるようにするための修行だったのかもしれない。

 あれほど愛していたはずの有機化学は、今ではとても懐かしいものになった。そして・・・気がつけば・・・北海道の大自然。それも、地球の元気そのものである植物たちと大いに接し、大いに会話し、大いに理解し続けている自分がいる。「これって、子供ころに夢見た世界!」の中に生きている自分がいる。

 私が、カメラで写真を撮って、写真展を開催することになるとは・・・私自身、夢にも思わなかったこと。この感覚は、私が北海道大学薬学部の大学院入試の合格の報を聞いたときの驚きよりも何倍もすさまじい驚きだった。そして今度は驚きの後ろから、全ての細胞から湧き出すような喜び、感動がやってきた。「一生懸命やってきて本当に良かった・・・」と小さくつぶやいたら・・・涙がひとすじ零れ落ちた。

 そして・・・私が写した、植物たちの勇気と元気を見てくださって、すばらしい笑顔になってくださるヒトがたくさんいる。この事実はさらに私を前に進める元気になって私の心の中に戻ってくる。漢方で言う「良い気のめぐり」である。この14年間で、かつて私がこよなく愛した有機という言葉は勇気に置き換わった。

 そして・・・それこそ夢のまた夢であった富士フイルムフォトサロン東京での写真展が終わって思うこと・・・。北海道に息づく植物たちの勇気と元気をもっともっと伝えいけたらいいなあと思える私がいる。

 私の漢方の師匠は「1000人に一人の体質。エネルギー溢れる病」と言った。そして「溢れ出るエネルギーは前向きに生きようとする人に使ってもらってこそ、堀田先生の心も体も元気に健康になるよ」とも言ってくださった。今私は、心の底から静かにそう思っている。

 怒り、憤り、惑い、不安、遣る瀬無さ、空しさ、刹那さ・・・陰の感情とは、自分が人に対する陽の感情(信じたい、信じられたい、好きでいたい、好かれたい、愛したい、愛されたい、認めたい、認められたい、好きでいてもらいたい・・・etc・・・)の裏返しの感情なのかもしれないと思う。陰の感情もまた必要なことはもう分かり過ぎる分かったように思える。「人に対する陽の感情も消失する=陽の感情をあきらめる」ことなのかもしれない。それは・・・陰の感情を怖れるあまり、愛を失うことと等価なのかもしれない。陰の感情も愛あればこそと・・・もしも思えたなら・・・誰もが自分のことを愛することができ、そして自分に自信を持つことができるのではないかしら・・・。一見すると簡単そうで、ひょっとしたら最も困難な道なのかしら・・・・

 私は、絶対にあきらめない。だから・・・諦めた人、諦めようとしている人の何か一番心の底に残っている諦めきれない部分に触れてきのかもしれない。そう理解できるようにもなった。もう言葉で確かめたりはしないけれど・・・

 喜びの感情は、負の感情とは別のところから湧き出てくるこも知った。私が、早朝の森にに入って、私が一番輝いていると思える植物さんにカメラを向け、ファインダーを覗く時、そこに植物たちからの祝福と愛を感じる。「良く見つけてくれたねえー。あんたはすばらしい!」そう植物たちは言ってくれる。そして・・・森の植物たち全員が私を褒めてくれるように感じる一瞬がある。今では・・・ステキな植物たちを見つけようとすらしなくたった。ただ森の中に入れば、一番ステキな植物さんが声をかけてくれるのを知ってしまったから・・・。そして・・・撮影後、その植物さんに「ステキな姿を見せてくれてありがとう」と言葉を発するとき。さらなる幸せがやってくる。有機化学時代の「見えないものをあえて見えるようにする」修行は、植物たちの勇気と元気を感じることに大きな影響を与えているようにも思える。

 そして・・・私の感じた作品を見てくれた人たちが・・・どんどん元気になって前に進んでいく。それを遠くから眺め、心の中で「頑張れ!ステキだよ」と笑いながら応援してる私もまた良し!

 結局・・・ここまで来ると・・・私の人生でやってきたことは何1つ欠けても、今の自分になっていなかったと思える。

 「自分で決めたことから逃げずに毎日やり続けていく」ことが「身近な植物たちの出会いいと感動」に繋がった。その旅をこれからも、急がず、慌てず、惑わず、騒がず、怒らず、憤らず進んでいけば・・・きっとその先には、私がまだ見たことも、想像したこともないすばらしい光だけの世界があると信じることができる。それを今世で感じることができるのか、来世でないと感じることができないのか、はたまたそのまた来世なのか・・・。でも、光だけの世界は必ずある。そう信じることのできる51歳の誕生日だった。

 ながーいブログになってしまいました。その日、その時に思ったことを綴っているブログ。さてさて、来年52歳になって、今日のこのブログを読む私はどんな私になっているのでしょうね(笑)。自分の歩いた道の証拠を残す。それが仮に負の感情を伴ったとしても・・・。書いた瞬間にその感情の一応の終わりがあって・・・そして次の始まりがあると思うから・・・ただ書いています。そして・・・時間が経てば・・・その思いは色々な感情に熟成されていきます。

 今日のこのブログは私の誕生日から書き始めて、3月3日に書き終えました。途中・・・昔を振り返るたびに負、陰の感情が湧き上がって、闇の言葉しか綴れないこともありました。その度に森へ出かけ植物たちと会話することによって気持ちが陽へと進みました。

 まだまだ修行の旅は続きます。よろしかったら、たまに遊びに来てください。

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2009年1月 8日 (木)

植物エネルギー 第290話 ~ 1月8日の北方系生態観察園 自分を大好きになっちゃいました(笑)!~

 朝、北方系生態観察園に行ってきました。極寒の真冬に2時間・・・とっても汗だくになりました(笑)。けだるさの中に邪の抜けたピュアーな魂が宿っているのが分かります。

 ダイジェストでご覧ください。

 前日の湿気が木々の枝で凍り付いて、ダイモンドのような輝きを放ってました。

 久しぶりの快晴です。温室下から撮影(コンパクトデシジカメ)しました。スノーシューズを履いて。いざ、温室の向こうにに見える森の中へ突入。今年4回目です。

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 軽い傾斜を登ってきました。すでに汗がうっすらと・・・

 ここは私の大好きな場所です。

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 いよいよ北方系生態観察園の森の中へ入っていきます。右側は春になるとカタクリでいっぱいになる斜面です。

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 東の尾根に出る階段のあるところを息を切らしながら登っていきます。朝の光がすばらしい。右に曲がって、渡辺山の展望台に向かいます。

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 展望台に着きました。どうですこの眺め!札幌方面もスッキリ、クッキリです。

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 今来た道を戻り森の中へどんどん入っていきます。私はこの冬の森が大好きです。熱くたぎった魂が冷やされる感じはなんとも言えません。

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 そして、さらに・・・谷へ降りてきました。手前の第一橋から谷の奥の第二橋を眺めます。

私の左手には森で一番大きなケヤマハンノキくんがツルアジサイくんに巻きつかれて立っています。

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 こんなふうに・・・

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 今日のケヤマナンノキくんは、またいつも以上にすばらしい!「君には朝の光と青空が良くお似合いさ」と声をかけて、EOS-1vとnikonF2アイレベルファインダーで撮らせてもらいました。シャタースピードは1/30, 絞り16です。

 真冬の晴れた日の谷にもまた荘厳なオーラが流れています。たっぷりたっぷりいただきました。

 最後に第二橋から急な階段を登って西の尾根に着きました。ここはとってもステキな雪原です。腹ばいになって1枚!もう何も言うことなし!体は汗だく、気持ちはスッキリ!私の心の中から要らぬ邪がどんどん出て行くのが分かります。

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 私が自分を愛する方法とは・・・自分の心が欲しているものを言葉に出して・・・行動してみる。北海道医療大学に通っている全ての教員、学生の中で毎日のようにここに来るのは・・・私・・・一人だけです。自分で考え、自分の足で一歩一歩新雪を踏みしめながら、サクッ、サクッいう音を聞きながら・・・ここまで来る。あり得ないくらいの感動と森の輝きを体に浴びて・・・森と一体になる。こんなことをしている自分が大好きだし、愛してしまいます。私だけの心のクスリ、ここまで来た者だけが分かる感動・・・・周りの人たちと同じことをしたがる日本人。これではどんどん心のエネルギーが減っていきます。自分以外誰もできない、やろうとしないステキなイベントを今日から始めてみませんか?きっと・・・心の大金持ちになると思います。自分が何をやったら、ステキになれるのか?ステキだと自分思えるのか?片っ端から行動を起こしてみる以外に方法はありません。分からない方、森の中へ入って、木々たちの冬芽などポジフイルムで撮影してみませんか?私は絶対にはまると思いますよ(笑)。

富士フイルムフォトサロン東京&仙台での堀田清写真展記念DVDが完成しました。

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 ジャケットの裏表紙です。

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植物写真は全部で260枚。これをご覧になった方はきっと・・・植物たちから勇気と元気をいっぱいもらえると思います。

(株)植物エネルギーのスタッフが作製した自信作です。癒しあり、元気、勇気、志気ありの優れものです。定価は税込み3,000円です。ぜひお買い求めくださいませ。

連絡先:(株)植物エネルギー(Tel & Fax:0133-23-3792)、E-mail:maruho@hoku-iryo-u.ac.jp です。

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2008年10月 6日 (月)

植物エネルギー 第250話 ~自分に自信を持つ、自分を愛する方法 その7(自分にとっての一番を選ぶ!)~

 堀田式「自分を愛する、自分に自信を持つ方法」~ その7 ~を行きます。

 自分を愛する、自分に自信を持つ方法。その素材は身近な所にたくさんあると思うのです。現代社会では、様々の情報、アイテム、ツールが実にたくさんあります。どれもが自分に必要だと思ったりする。でも「本当だろうか?」と疑心暗鬼になって前に進めない・・・みたいな感覚を持つ人がたくさんいるのではないでしょうか?あげく、自分で選ぶことをあきらめて、人(あなたにとってヒトって誰ののこと?人間の形状をしている生き物はたくさんいますが・・・全てのヒトが同じ生き物だと思っていませんか?)の受け売りを鵜呑みにしてしまったりする。これでは、自分を愛することや自分に自信を持つことから遠ざかるばかりです。

 「たくさんのステキのモノの中から、自分の欲しているものを1つだけ選ぶ!」。これって一番勇気の必要なことだと思います。「自分にとっての1番」を探し、そして「自分の意志で選ぶ!」。長い日本の歴史でこの考え方は無かったことです。どうでしょう?「あれもこれも良さそう、やってみたい、触れてみたい、食べてみたい・・・etc・・・」、の中から自分で1つだけ選ぶ!これをやり続けるときっと自分に自信を持つこともできるでしょうし、そんな自分を愛することができると思うのです。言葉では簡単そうですが、最も難しいことです。なんたって、ヒトと違うことを言ったり、行動したりすると・・・「今まで通りで良い!」という考え方をすり込まれた人たちが余計なお世話をしてくれるのが、日本人の大部分です。「小さな親切余計なお世話」と心の中でつぶやいて、口では「ありがとう」と言いながら、無視して自分で決めたことを、自分で納得するまでやり続ける。くじけそうにもなるでしょう、やるせないことも、悲しいことも、たくさんあって当たり前。だって、自分に適したモノは自分で見つけるしかないのですから・・・。それでも、やり続ける。それが世の中で一番の勇気だと思います。

 で、私の行動編を写真でお見せしましょう。

 私が植物たちの勉強を開始して13年、勉強すればするほど、色々な植物たちに会って会話したくなります。その中の1つ、絶滅危惧種のヒダカミセバヤくんという植物に会いたくなって5年、今年その夢が実現しました。すっごく元気モノなんですよ。

 こんな所でヒダカミセバヤくんは生きています。

 下左の写真は・・・こんな垂直に切り立った崖の斜面に、岩の割れたところから根を張って生きているすばらしいヤツなんです。どれもこれもすばらしいのですが・・・・

 その中からその瞬間最も輝いているヤツが下右の写真です。これは私にとっての一番。他のヒトが「あっちがいい、こっちがいい」と言っても無視!私はこれが一番と言い切るわけです。

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 さらに・・・もっと近づいて・・・さらにステキなヒダカミセバヤくんを撮らせてもらいます。

 下の写真がそうですね。それもポジフィルムで・・・

 何故デシタルカメラではなくフィルム一眼レフカメラでポジフィルムかのお話は以前のブログでお話しました。こちらデス。

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 いかがです。私たちの身近な所に先ず1つありましたね(笑)。で、・・・この写真をステキな方に褒められたら・・・もう1つ小さな自信が加わります。

 ヒトって言っても、獣みたいな考えのヒトから仙人のようなヒトまで様々です。昔両親から「ヒトさまに迷惑のかからないようなヒトになってね」。これって今は通用しません。だって・・・ヒトにも色々いるわけですから・・・。昔は皆貧乏!皆一生懸命「食べる」ために生きていた。だから・・・そんなヒトのじゃまにならないように・・・これも正論です。今は・・・皆さんよーく身近なヒトを見つめなおしてくださいね(笑)。

 で、先ずは、身近な植物たちのステキな瞬間を写してみませんか。が私の提案です。ステキな植物たち(カタクリさん、エゾエンゴサクさん・・・)の中からあなたの一番を選び・・・さらに選んだ植物のどこが一番輝いているのか・・・瞬時に判断して、近寄ってフィルムに残す。で、ステキなヒトに褒められる。ここから始めるのも悪くはないと思います。

 少なくとも私はこの5年間それをやり続けて、自分に自信も持てたし、自分をすっごく愛せるようになったことは間違いないです。1つ自信も持てるようになると・・・生き方、考え方全てが変わります。

 で、ヒダカミセバヤくんに会いに行った時に出会った植物たちの私の一番をご覧になって下さい。

 襟裳岬百人浜にいた終盤のツリガネニンジンくんとオオノアザミくんです。

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 私の大好きなチシマセンブリくんです。下左の写真は今年の7月に撮影したものです。花びらにしっかり紫色の斑点があります。今年9月に撮影した(下右)は全く紫色の斑点がありません。ね、一口にチシマセンブリくんと言っても、人間と同じ、様々です。

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 下の4枚、全て同じエゾマツムシソウくんです。見る角度でその様子は違いますね。蜂さんもやってくると・・・その姿はまた別物になります。どれもすばらしい。

 ヒトも同じ、きっと生きてるだけで輝く瞬間があるはずです。ただ・・・自分で自分がステキであることを放棄、諦めなければ・・・です。

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 ナガボノシロワレモコウくんとナガボノアカワレモコウくんがいっしょにいました(左下)。外来種のユウゼンギクくん(左右)もこうして見るとステキですね。

 植物学をやっている学者さんたちはこの外来種を忌み嫌うヒトが多いのです。日本の固有種が駆逐される・・・そう言います。でも・・・この外来種を日本に導入したのは・・・他でもありません。日本人なのです。皆豊かな食生活を望んだが故に、牛さん、豚さん、鶏さんをたくさん飼うようになって・・・日本国内だけでは餌を調達できなくなって・・・外国から輸入した。その結果がこうです。そういう学者さんに聞きたい。「あなたはそんなお肉を毎日食べてませんか?」と! 誰のせいでもない!文字とおり、人間自身が播いた種なのですよ。と私は言いたい。

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 で、最後は・・・本当に国道の崖に咲いていました。ヒダカミセバヤくんです。

この株で何年ものなのでしょうね。

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 ヒダカミセバヤくんも、人間の過ぎたる欲のために・・・今正に絶滅しようとしています。

 ヒダカミセバヤくんは崩落し易いカンラン岩の割れ目に深い根を張ってわずかな水を頼りに生きています。でも・・・崩落し易いというこは・・・そうです。今は公共事業の名の下にこの斜面を削りとり、コンクリートをペッタリ貼り付けちゃってます。で・・・その結果は・・・

 さらに、人間の過ぎたる欲のためにこの絶滅危惧種をお金に換えるヒトもいます。なので・・・どんどんその数が加速度的に減っています。

 日本人一人一人が「過ぎたる欲」とは何か考える時代になっています。

 なんて事をどうどうブログでお話できる自分が大好きです。

 かなりドキドキしてますけど・・・ネ(笑)。

9月以降の私のイベント(写真展、講演)情報。こちらデス

ダイコン葉エキス入り手作りセッケン「すずしろの花」好評発売中です。HPはこちらデス

 

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植物エネルギー 第249話 ~自分に自信を持つ、自分を愛する方法 その6(北海道の全てを愛する)~

 続けます。パソコンの整理をしていたら、おもしろいものを見つけました。

 2年前に札幌医科大学の傍にある「あら政」というお鮨やさんに行った時、そこのオヤっさんと盛りあがっちゃって・・・。鮨商新聞(そんな新聞があるって初めて知りました)に執筆してくれって頼まれ、何回か連載した原稿なんです。

 何かヒントになるといいなって思ったのでそのまま掲載します。

             北海道は世界一!

 私は北海道が大好きで世界中で一番ステキな所だと思う。私は今までアメリカ、ヨーロッパ、中南米、中国、トルコ、色々な国を訪ねたことがあるが、北海道ほど大自然の恵み、心地よい地球の波動を身近に感じることのできる場所は他にはないと言い切ってしまうほど北海道の全てが大好きだ。私の大好きな北海道のイメージを頭の中に浮かんでくる順に、とりとめもなく書いてみる。
 先ず、私は野生の植物さんたちの写真を撮るのが好きだから・・・。襟裳岬と近くの名も無い原生花園の植物たち、様似町のエンルム岬とそこに自生する植物たち、湧洞沼原生花園の植物たち、美深町の松山湿原に自生する植物たち、音別町の名も無い湿原に自生する植物たち、鹿追町と白樺峠の千畳崩に自生する植物たち、津別峠の朝日と自生する植物たち、上札内村のピョウタンの滝と植物たち、トムラウシ温泉と近くの霧吹きの滝と植物たち、島牧村の賀老の滝と自生する植物たち、黒松内町のブナ林の植物たち、五色温泉と近くの散策路付の植物たち・・・。それから温泉も大好きだ。旭岳温泉、十勝岳温泉、津別峠の麓にあるフォレスター(温泉)、オソウシ温泉、晩成温泉、五味温泉、千走川温泉、中小屋温泉、タップの湯・・・。それから山菜だって大好き。タランボ、コゴミ、ウドの新芽の天ぷら(美味しい塩で)、チシマザサの竹の子焼き(美味しい塩で)、ウドの酢味噌和え、あずき菜のおひたし・・・。そう言えば、良く職場近くの農家から手に入れる採れたての野菜も食べてる。グリーンアスパラ、イチゴ、ダイコン、ハクサイ、ジャガイモ(ユキアカリが大好き)、トウモロコシ、カボチャ、ハクサイ、ミズナ、ニンジン、枝豆、ネギ、タマネギ、ニラ・・・。私には欲張りなほど大好きなものがあるんだなあと驚いた。
 あっ、忘れてはいけないモノを思い出してしまった。あまりにもフツウに食べるようになってしまったので、ついつい最後になってしまった。こんなことではいけないと思い直す。私は子供のころ日高のとある漁師町で18年間育ったので、お魚さん料理も大好きお刺身なら、なんと言っても、最初に来るのが、メヌケ。それから、ソイ、ツブ、ホッキ、大きなサンマ、タコ、ハッカク、獲りたての赤いイカは固くてコリコリした歯ざわりのお刺身を夏の辛い大根おろしにちょっとだけショウガを入れて食べるのが最高。マツカワやアカガレイのお刺身もすばらしい。昆布でしめたタラも・・・。思いはさらに焼き魚や煮魚や汁物へと繋がってしまう。定置もののシャケ、トキシラズ、そのあら汁、手釣りキンキは全て良し。ホッケは一夜干を焼いて、獲れたてのフライも煮付けも最高。そうそう煮つけといえばやっぱりババガレイかな。ニシンもあった。カジカ汁やカジカの肝、雌カジカの卵の醤油付けなどは田舎を離れて30年間食べたことがことが無いなあ。アンコウの肝よりカジカの肝の方が私は好きだ。
 3年前に子供のころからの夢だった、漁師さんの船に乗せていただき、実際に漁をするところを取材させてもらった。広尾の漁師さんだったけど、命がけで漁をするところを目の前で9時間も見た。最高!。それ以来、お魚の味が10倍アップした。漁師さんの命がけの「気」が入っていると思うだけで魚の味がこんなにも変わるなんて想像もしなかったことだ。 そう言えば、お鮨屋のカウンターで食べるお寿司やお刺身は他のどんな場所で食べるより美味しく感じているのは私だけではないだろう。漁師さんが命がけで獲ったお魚さんの中でもさらにステキなお魚さんを、プロの職人さんが厳選して、さらに長年かけて磨いたプロの技とお鮨にこ対する熱いこだわりを感じながら握ったお鮨を食べる。これは単にお鮨としてのうま味に何倍ものステキな「気」が加わっているからこそとても幸せな気持ちなるんだと、この原稿お書きながら今さらながらに気づいてしまった。ちょっと恥ずかしい。
 この原稿を書きながら心に浮かんできたことがもう一つある。結局のところ私は地球に北海道の大地に生かされているのではないかと気づいた。もらった感動、感謝は返すのが私の生きていく上でのルール。ということは、ステキなモノを私に与えてくれる北海道の大地に何か恩返しをせねばならないことになる。48歳になってやっと気づいてしまった戯け者だが、今からでも遅くはないはず。
 先ずは、こんな大切なことに気がつくきっかけを作ってくれた西線南6条にある「あら政」にお礼かたがた、鰻とお鮨を食べに行こうと決めた・・・(笑)。こんな自分に都合の良い決心で良いのか?とは思うが、今回は大好きな北海道に免じて許してもらおう。

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植物エネルギー 第248話 ~自分に自信を持つ、自分を愛する方法 その5(北海道の全てを愛する)~

 堀田式『自分に自信を持つ、自分を愛する方法』の具体的行動編を続けます。

 さて、「自分に自信を持つ」ことと「自分を愛する」ということは、難しそうでもあり簡単そうでもあります。自分を愛することのできる人は自分に自信を持つこともできるので、先ずは自分を愛するためには・・・が先ず先に来るかもしれませんね。

 自分が地球に生きている存在を認めてもらう=生きていることを無条件に認めてもらう。これがあって初めて自分を愛することができるのではないかしら。では・・・誰に認めてもらう! ここが重要です。20年以上実にたくさんの学生たちと真剣につきあってきました。「何のために勉強するの?」というシンプルな問いに・・・「褒められたいから」がありました。「誰に?」の問いには・・・「親に!」という答えが圧倒的に多かったのです。

 以前にも書きましたが、父親というのは地球に生を受けて初めてのヒーローであり、母親というのは女神です。だから、子供は無条件で従うのです。なので、子供は無条件に愛してもらいたいはずなのです。ただ、この大前提が本当なのかどうか・・・子供は苦しいかもしれないけど、検証しなければなりません。親が子供に勉強しなさいと言う。子供は無条件に従う。それは・・・親もちゃんと勉強してきたと思うからです。でも・・・それって本当?

 父親は子供のヒーロであり続ける修行。母親は女神であり続ける修行。教授と名のつく人もヒーローであり続ける修行・・・etc・・・これが必要でしょう。ヒーローとはステキになろうとすることです。仮に達成されなくたって・・・そう思って諦めないことが修行なのでしょうね。

 私は大学に入ってから「私は絶対に誰よりも勉強した」と言い切ることができます。勉強とは・・・試験勉強のことではありません。私は大学に入学以来、ほとんどテレビを見たことがありません。何も私の心を満たしてはくれないからです。私が子供ころから持っていた人間の不条理な行動、言動が何故起きるのかという素朴疑問の答えを知りたい。そのために年間300冊は色々な本を読む。でも・・・納得しない。読めば読むほどに多くの疑問が生じる。そして現在に至っています。でも諦めない。・・・で・・・ついに漢方の考え方と植物たちと会話をするようになって自分独自の答えを見つけたので・・・諦めずにこれまで来れた自分自身を愛することができます。「諦めないこと」・・・これも自分を愛する方法の1つかもしれません。

 私は子供に勉強しろ・・・と言った事はないし、中学、高校時代の成績を全く聞きませんでした。本当は知りたかったんですけど(笑)。自分が一生懸命生きているのだから、子供は、絶対に間違った選択はしないと信じてましたから・・・。もし・・・そうでなくても、2人の子供は生きているだけで、私はうれしいので・・・

 高校3年になって子供に言われました「父さんオレの成績とか進路、興味ないのか?」と。何も言わない私に子供は少しだけ本当に愛されているのかどうか疑問を感じたのでしょうね(笑)。私は、長男が生まれる時、神様にこう誓いました「情けないお願いですが、生まれてくる子が五体満足なら何もそれ以上は望みません」と・・・その誓いは今でも生きています。それにどう見ても私の18歳のころよりもすばらしいので、何も伝えることは無いよ。そう子供に伝えると・・・「分かった」と一言だけ言ってまた受験勉強を始めたのです。

 結論です。今の親は物質的に満たされているはずなのに、地球上で「生きる」自信が無いのです。でも・・・本当は・・・生きているだけで自分に自信を持てばよいのに・・・。と私は思うのです。

 お話を元の戻しましょう。誰に認めてもらいたいのか誰に褒められたいのかも考えてください。誰でも良い・・・こうなると自分の生き方はかなり迷走することになります。

 誰に!デス。 

 皆、それを人に求めているが故に満たされないのではないでしょうか?

 かくいう私もそうでした。太平洋戦争中、旧制中学を中退した父親、貧農の出ながら、山菜やザリガニなどを獲って4Km先の町まで歩いて売りに行って、ノートや本を買って勉強し、学費がないからといって、札幌の美容学校に入って住み込みで勉強した母親。その夢は子供を北海道大学に入れて、教授か医者にすることだったそうです。そんな話を子供のころからイヤと言うほど聞かされました。田舎町の学校でクラスで成績が1番になっても褒められることはなく、「まだまだ・・・、札幌の子供たちはもっと勉強している」 と・・・。本当にしたかったのは野山を走り回り、みんなと野球をして、大好きだった将棋の勉強も・・・etc・・。それでも親の目を盗んでは野球をしたり、野山に探検に行ったり・・・。いつも殴られてました。私も負けなかった。そして、親は私を育てるのに一生懸命だった。それだけが夢だったことも理解した。なので、グレなかった。でも高校3年のときに「もう親のそばにいてはダメになる」と思いました。でも、今は親に説教してますよ。「私を殴ったことはちゃんと覚えてる。こんなステキな私を殴った以上、最後までかっこいい親であり続けてくれ!、でないとグレるぞ(笑)」。

 私の話をしてもしょうがないのですが・・・。とにかく色々なことがありました。

 で、人に褒められなくたって・・・私たちの周りにはいっぱいステキのモノがあるではないですか。愛してほしい対象を人意外にすると・・・視野が広がりますよ(笑)。

 で、この続きは次ぎのブログに書きます。

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